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第20話 謁見
「ねぇ。それ、ほんとに僕も行く必要ある……?」
「まだ言ってるのか。俺の隣にいるだけでいいから、大丈夫だ」
「じゃあ、セレスのローブの下に隠れられないかな? こう、サルの子供みたいに背中に引っついて」
「……」
僕は朝になって貴族みたいな衣装が部屋に届いたときも、それをセレスによって着付けられたときも、国王様がいる部屋の目の前まで来てしまっても、ぐだぐだと会わなくていい理由を挙げ列ねていた。
もうちょっと潔い性格だったと自分でも思うのだけれど、セレスの前では甘えたくなってしまうのだ。……ごめんセレス、君のせいでもあるから甘んじて受け入れてほしい。
仰々しく扉が開かれ、セレスの真似をして礼をする。奥から声がかかり、僕たちは部屋の中へと歩みを進めた。
この後、この部屋の中で知った事実のせいで、僕の記憶は曖昧だ。
広い空間だったと思う。それでも正式な謁見の間ではないというから驚きだ。最奥の玉座に国王様がいて、その近くにアステリアがいた。
楽にしろとかそんなことを言われて、僕たちは顔を上げた。深みのあるブロンドに水色の瞳は、アステリアによく似ている。いや、アステリアが似てるのか〜なんて現実逃避して考えているうちに、話は進む。
魔力のない者を拉致して魔法師に斡旋していたメデーサ女伯爵は、実は彼女自身も魔力がない人だったらしい。貴族に生まれたおかげで買ってもらった宝石に魔力を溜めてもらい、それほど苦労せずに生活していた。
しかし彼女の家はそれを隠してメデーサを伯爵家へと嫁に出した。宝石には定期的に魔力を込めなければならない。メデーサはそれを幼い頃から一緒にいて伯爵家にも付いてきた使用人、スキュラにやってもらっていた。
結婚後すぐにそれを目撃した使用人から魔力のないことが露呈してしまい、メデーサは夫から冷遇される生活を送ることになった。差別の激しい貴族は多い。
十数年後、夫は事故で亡くなったが、彼女の心にはすでに深い闇が根付いていた。
金だけを持て余し悪い連中と関係を持つようになったとき、彼女は魔法師と魔力のない人との関係について噂を耳にする。
他人の不幸は蜜の味。メデーサは自分と同じ魔力のない人を不幸に突き落とすことで、自分より不幸な人はたくさんいると実感することができた。
この人より、この子より、自分は幸せだと……
同情はできないが、悲しい話だ。
「最初に捕まった男とは別にも、わが国の魔法師数人が今回の件に関わっておったようでな。奴隷として囲われていた者たちの身体的、精神的治療を進めている。これまでも調査はしていたが、魔法師抜きだと時間がかかってしまっていた。やっと救出できたのはカシューン魔法師、あなたのおかげだ。ありがとう。あなたほど優秀な長はなかなかいないものだから、うちでは魔法師たちの統率が取れておらず恥ずかしい限りだ。カシューン魔法師の研究はわが国にも大きな影響を与えている。まさか婚約者がディルフィーで危険な目に遭ってしまうとは……誠に面目ない」
はわ。国王様が頭下げちゃったよ……と、僕は見てはいけないものを見てしまった感に内心ひやひやしていた。
セレスはアクロッポリだけでなく、ディルフィーの魔法師を含めても頂点に立つほど優秀な存在らしい。
そして国王様の近くにいるアステリアは口元に微笑みを湛えているが、なぜかギン! と強い視線を僕に向けてきた。
「え、それはどういう表情?」とさらに混乱する。
「もし私の婚約者に危険が及ぶのなら、私も彼も二度とこの国へは足を踏み入れないでしょう」
「……え! セレス、婚約者いたの!?」
「…………」
なんてことだ。昨夜想いが通じ合ったと思っていたのに、婚約者がいただなんて……その相手にも僕にも酷い裏切りなんじゃ……。そんなひどいことって…………
「ウェスタ、お前のことだ」
は? なにが僕のこと? いましてた話って……婚約者?
へぇ、セレスの婚約者って僕だったんだ〜! なんだ、そっか〜〜〜!
「って、そんなことあるかーーー!!」
「う、ウェスタくん落ち着きたまえ。カシューン魔法師、君は言葉が足りないんじゃないのか?」
「ふ、ふふ、ふふふふふ……このために帰ってきたのよ……」
僕が思わずセレスの両肩を掴みガクガクと揺らしながら声を荒げると、なぜか国王様が宥め役になり、アステリアは笑いが止まらないといった様子だ。
当のセレスは「あれ、言ってなかったか?」とか言ってとぼけてるし。
そしてその混乱のまま、謁見は終えたのだった。
その足で僕たちは帰国の途へつくことになっていた。僕はともかくセレスは仕事をほっぽり出して来たため、いち早く帰らないといけない。
キラキラとした目で「結婚式は呼んでね!」と宣うアステリアに見送られ、僕たちはディルフィーを出立した。
馬車での移動は尋問の時間だ。
「さてと、説明してくれるよね?」
「俺は……最初から結婚するつもりだった。婚約者と言ったのは、国を跨いで追いかける大義名分として必要だったからだ」
「最初からって……」
そういえば初めて一緒に食事へ出かけたとき、結婚するという噂に対してほんと? と僕が聞いたら『俺はそのつもりだ』って返されて落ち込んだことを思い出した。
僕はてっきり王女様との結婚に対して言ってるんだと思ってたけど……こっちだったの!?
「わかるはずないじゃん! セレスのばか!」
「む。馬鹿なんて初めて言われたな……さすがウェスタだ」
もう、暖簾に腕押しだ。なんなら手を繋いで馬車に乗っている今はずっと幸せそうな顔をしている。
自然に膝の上へと乗せられそうになったのを拒否して妥協案として受け入れたのが手を繋ぐことだった。
セレスの彫刻のような美貌にふっと甘さが加わり、気づけば見惚れてしまっていてなにもかもどうでも良くなってくる。惚れた弱みだ。もういいか……
「そもそも、僕との結婚なんて、認められないんじゃないの?」
「もう国王陛下直々に認められている」
「え! どうして? 女ならわかるけど、子どもだって産めないのに」
「これは最近の研究で判明したことだが、かつて同性同士でも子どもを作れる魔法があったらしい。古の魔法研究でそれを再現することに成功した。まだその魔法は俺とロディーしか使えないがな。ロディーのパートナーは女性だが、もう妊娠している」
先回りして話進めすぎじゃない!?
別に断りたいわけじゃないけど……その余地がなさすぎて笑える。
「僕が嫌だって言ったらどうするの?」
「……嫌か?」
だからそれ! ずるい……綺麗なアメシストの瞳が切望するように僕を見てくる。
馬車の窓から差し込んだ真っ直ぐな光で、キラキラと瞳が輝く。複雑な色に分解された光は、混ざりあって僕へと届く。
「僕がしわしわヨボヨボのおじいちゃんになっても愛してくれる?」
「当然だ」
「愛情表現はたくさんしてほしい。セレスは言葉が足りなすぎるから」
「う……善処する」
「僕は子ども好きだから、たくさん欲しいなー」
「……」
ちょっとふざけてみたら、セレスが手で顔を覆ってしまった。見えてる耳が赤くなっていてかわいい。
たまにすごいことをするくせに、まだ初心なんだよなー。まぁ、僕が筆おろしして以来最後まではやってないわけだし? 僕から子作りしよって言うのは刺激が強すぎたみたいだ。
というか、子どもって僕が産む流れだよね……? どうやって?
……現実的に考えると恐ろしすぎるから、今はまだ考えないでおこう。
「セレスの家族になんて言われるかな……」
「噂話には敏感な家だから、もう知っているだろう。何を言われようととっくに出た家だ。気にしなくていい」
「そんなこと言ったって、気にするよぉ……」
「俺は絶対に諦めない。それをわかって貰えばいいだけだ」
セレスが格好いいんですけど! 思わず「抱いて!」と叫びたくなった。
しかし――
馬車はなかなかの強行日程で進み、眠るときはディルフィー側が付けてくれた随行員が立ててくれた天幕か、道中に宿屋があればそこに宿泊した。
僕たちはたいてい寄り添って、触れるだけのキスをして眠った。僕は、たぶんセレスも、あの事件がトラウマになっていないか心配だったし、やはりアクロッポリへ戻ってから……という気持ちが強かったからだ。
そういえば、僕はこれからセレスの家に住むらしい。住んでいた部屋を引き払ってしまったからどうしようとは思っていたのだ。
あのお屋敷なら探せば空いてる部屋あるよね、というようなことをセレスに告げたら、またもや僕は驚かされてしまった。
「主人の妻の部屋がある」「当たり前だろう」「……嫌か?」ときた。
妻か……。正式には夫夫だけど、僕の夫がセレスで、セレスの夫が僕?
馴染みがなさすぎる称号だ。も、もちろん嫌じゃないですとも! あのお屋敷の人はヒュペリオさんを筆頭に、良い人ばかりだったし。
生活の変化への不安はある。やっぱり反対する人も少なからずいるだろうし。
だけど、これからずっとセレスと一緒にいられることを思うと、とにかく嬉しかった。
変な動悸と期待を胸に抱えそわそわしながらも、僕たちはアクロッポリの王都へと到着したのだった。
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