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第21話 意気地なしの心
ウェスタの髪は、陽の光の下で見るとアイスティーのように透けて綺麗だ。顔立ちは繊細で妖精と見紛うくらい可愛いし、オリーブグリーンの瞳は柔らかく煌めき、どんな宝石にも劣らないほど見るものを魅了する。
俺の屋敷で一緒に住むようになってから、ウェスタは侍女の手入れを毎日受けるようになった。使用人たちは未来の花嫁を磨くことに余念がない。
おかげで、今まで以上に髪はさらさらで艶めき、白い肌も血色がいい。ウェスタも心身の安定によって憂いがなくなり、元々潜在していた魅力が一気に花開いたように感じられる。
もともと美人だったが、小柄で儚げな雰囲気には危ういところがあった。触れると消えてしまいそうな……。まさにその通り、ウェスタは一度俺の目の前から消えてしまった。
彼が他人によって傷つけられたり凌辱される姿を見たときは、いっそこの国もディルフィーも破壊し尽くしてやろうかと思ったくらいだ。もう二度とあんな風に傷つけさせたくない。
ウェスタは強く、大らかで、前向きだ。でも彼の歩んできた人生は、決して楽なものではなかった。繊細な部分を明るい性格で覆って隠しておかないと、到底耐えられるものではなかっただろう。
初めて屋敷に泊まったとき、ウェスタは帰り際ヒュペリオにひとつだけ頼み事をしたという。それは、食卓に飾ってあった花を持って帰りたいという素朴なものだった。
家令が持ってきた華やかな花束を見ても、彼が受け取ったのは一輪の花だけだった。『ひとつだけならちゃんと大事にできるから』と言って……
繊細な性格は消えたのではなく、ウェスタの心の奥底で大切に守られながら存在している。人の痛みのわかる彼だからこそ、他人に寄り添うことができるのだと思う。
俺もウェスタに救われた人間のひとりだが、きっと探せば彼の人生の至るところで救ってきた人間が見つかるだろう。運良く捕まえることができたものの、俺が彼の人生で一番最適なパートナーと言えるかはわからない。
しかしどんなに好条件の人が現れたとしても、俺はウェスタを譲れない。俺にとっては唯一無二の存在で……俺が、ウェスタがいないと駄目なのだ。
ウェスタに選んでもらえる人間であるために、魔法師としては頂点にありたいし、彼の望むことは全てしてあげたい。
……ウェスタに望むものを聞いても「全部揃ってるから、これ以上欲しい物なんてない」と言うだけで、かなり無欲なのが悩ましい。欲に関していえば彼お得意の開き直りを発揮してもっとわがままを言ってくれてもいいのに、と日々思っている。
「セレス、みて! この花束かわいくない? 庭師のピオに教えてもらって、僕が作ったんだ〜」
「あぁ、可愛い。綺麗だ」
「ちゃんと見てる? も〜。これ、今日の食卓に飾ってもらえるように頼んでくる!」
ウェスタ自身が言ったわけではないが、彼は植物が好きなようだった。よく庭を見ているし、気づけばうちで雇っている庭師とも仲良くなっていた。ピオが若い男じゃなくてよかった。無駄に嫉妬するところだった。
食卓に花を飾る習慣をウェスタはこれまでやったことがなかったようで、毎日変わる花をにこにこと幸せそうに見つめている。ついに自分でアレンジしだすとは思わなかったが……。
治療院での仕事を辞めてほとんど家にいてもらっているから、俺たちの家で楽しみを見つけてもらえるのは嬉しい。書斎も気に入っているようで、庭にいなければ書斎を探せばたいていそこにいる。
好きな本を買ってやると言っても、「ここにあるものを全部読んでから」と言い張るので結局なにもしてあげられることはない。
人の気持ちを最優先に考えるウェスタは使用人たちの仕事を奪っては駄目だと思っているようで、家の仕事には手を出さずになんとかここでの暮らしに慣れようとしてくれている。
しかしそろそろ限界か……。貴族ならともかく、幼い頃から手伝いや働くことが当たり前だった彼を家に閉じ込めるのは逆にストレスだろう。俺としてはそうしたいのが山々だけどな。
「ウェスタ、そろそろ治癒局の準備が整いそうだとロディーが言っていた。来週から行けそうか?」
「――! うん! わがまま言ってごめんね。でもセレスと一緒にいられる時間が増えるのは嬉しい」
――天使か小悪魔か。どちらにせよ天真爛漫な態度で言われると、閉じ込めたいと思っていた気持ちは一旦仕舞っておくことにする。
ウェスタの笑顔は砂糖菓子のように甘くて、俺の心まであっさりと溶かしてしまう。
魔法研究局長の俺がしばらく国を離れていたせいで、当然仕事が恐ろしいほどに溜まっていた。
最近までは、朝早くから夜遅くまで働いていたのだ。慣れない屋敷でウェスタに寂しい思いをさせてしまった罪悪感もある。
アクロッポリへの帰国後、こちらでも国王との謁見があった。
そこで改めて事件の概要を説明したのだが、魔法師と魔力の持たない者たちの関係性について今後どうしていくべきと考えるか、ウェスタにも王から直々に意見を求められた。
彼は少し考えたあと、『僕も魔法研究局で働かせて下さい』と言ったのだ。
『その意図は?』
『いま、魔力がなくても使える魔導具を研究していると聞きました。その試験運用のためには、僕みたいな存在も居たほうが役に立つと思うのです。
それに、魔法師と僕たちの関係は希少で貴重です。魔法師たちの近くで魔力のない人達が働く場所を設けることで、出会いの機会を増やしてあげることがお互いにとっていいと考えます。
まずは僕が働いてみて、僕たちでも役に立てる仕事を新たに見つけたり、魔力がなくても働きやすい環境を先に作っておければと……どうでしょうか?』
『一理あるな。いずれ両者の関係性は多くの人が知るところになるだろう。ディルフィーのように悪いことを考える民が現れる前に、見える場所にいてもらって皆で守る体制が必要かもしれない』
以前から考えていたのだろう。不安げではあったものの、しっかりとした意見を述べたウェスタは凛としてかっこよかった。
こうして、王に直談判されてしまったことでウェスタも王宮で働くことが決まったのだ。俺としては少々複雑な思いもあるが……
結局、ウェスタが治療院で働いていた経験を活かして、魔法治癒局でロディーのアシスタントをしつつ研究局での検証にも協力してもらう流れになった。
そこにはロディーの強い希望もある。単純にあそこは人手が足りないというのもあるが、ウェスタが思いつめて逃げ出してしまった一因は自分にもあると彼女が思っているのだ。
ロディーに責任があるなんて誰も考えていないが、今後のことを考えるとウェスタの心のケアは継続的に必要だと思い、彼女に任せることにした。
しかもロディーのパートナーは妊娠中だ。ウェスタがいずれ子どもを欲しいと考えているなら、近くで話を聞けるのはいいことだろう。
正直な話、俺は国に結婚を認めてもらうために同性間妊娠の魔法研究を進めたが、自分に子どもが欲しいかと言われるとわからない。
自分勝手だな。俺はウェスタを独占できるいまが一番幸せで、それ以上求めるものはない。もちろん子どもが好きと言ったウェスタが望むなら、俺も――
ただ……想いが通じ合って以降、いまだに俺たちは肌を重ねられずにいた。
ディルフィーからアクロッポリへ戻るために移動しているときは、国に帰ってからと思っていたのだ。
でも帰国してからは俺が仕事で忙しくなり、帰ったらウェスタも眠ってしまっていることが多かった。初めはウェスタも起きて待ってくれていたのだが、申し訳なくてちゃんと寝るように諭してしまった。
そうこうしているうちにタイミングを逃し、今日こそいざ、と思ってもまだトラウマがあるかもしれない……と考えて踏みとどまったり。
しかも俺はそういう意味で相手を誘ったことがないのだ。情けないことに、ウェスタを前にするとどうしていいのか分からなくなる。
愛おしすぎて大事に大事に取っておきたい気持ちと、思いの丈をぶつけるように抱いてしまいたい気持ちとがせめぎ合う。
いっそ結婚するときまで待てば、初夜という最大の好機があるわけで……。いやいや、一回寝てるんだから初夜もなにもないか。
とどのつまり、明日は久しぶりの休暇だというのに俺は今日も勇気が出せない。
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