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第22話 勇ましき心

 おかしい。セレスの家で一緒に住み始めてひと月にもなるのに、セレスが手を出してこない。  理由はいろいろと考えた。  まず最初は、セレスの仕事が忙しすぎてお互いの時間が合わなかった。夜起きて待っていても申し訳なさそうに寝かしつけられるし、なによりもセレスが疲れている様子だったから、僕もしっかり休んでほしくて誘おうと思えなかった。  しかし最近は、ちゃんと休みを取れるようになってきたのだ。休みの前の夜とか一番盛り上がるタイミングだよね! ってことでつい先日は、仲良くなった侍女さんたちの手でピカピカに磨き上げてもらい、意味ありげな目配せをしながら一緒にベッドへ横になった。  あ、僕にはちゃんとこの屋敷の『主人の妻』の部屋が与えられている。広くて豪華でいまだに慣れないけど、一度泊めてもらった客室と同じように白と淡いグリーン、そして家具の木の色を基調とした落ち着く空間になっている。  僕が一度だけこの家に泊まったあと、セレスの指示でこの部屋を改装したらしい。「坊っちゃんは、ウェスタ様が来るのをずっと待っていました」とヒュペリオさんに言われて、心がこそばゆくなった。    寝室は共有というのが貴族の夫婦らしい。だから僕は、セレスと毎晩一緒に眠っている。  しかしながら、僕が「今日こそ!」と気合いを入れて臨んだ夜は……キスだけしてあっさりと寝かされてしまった。  広いベッドの中でも寄り添いあっているのに、何も起きないなんて不思議でならない。まぁ僕もセレスの腕の中で眠ることに慣れてしまって、わりとすぐに寝ちゃうんだけど。すでに、安眠できる場所として刷り込まれてしまっている気がする。  もしかしてセレスが不能になってしまったのかと心配したが、くっついてキスをしただけでセレスの中心が硬くなっていることに僕は気づいている。元気じゃん!  こうなったら思い切って休日の朝にでも仕掛けてみようかと考えたのだけれど、セレスはいつも僕が目覚めた時にはすでに起きていてベッドにいない。  それに朝は侍女さんたちが様子を窺いにきて、起きたらすぐに朝の準備をしてくれるからそういうコト……をしていると障りがあると思うのだ。  貴族って好きなときにエッチできないの!? それとも使用人さんたちは特殊なスルースキルを身につけているのだろうか。  それにここにいる人たちはみんな僕を息子や弟のように優しく温かく扱ってくれるから、はしたない姿を見せるのには抵抗があるんだよなぁ。  やっぱり……、僕が汚れているからセレスは抱く気になれないんじゃないかと思う。貴族は処女が好きだって聞いたこともあるし。  最初だって僕の方が誘ったから、僕がそういうことをする尻軽な人間だったというのはバレてしまっている。  不可抗力だけど、あの魔法師の精液を顔に浴びたのも見られているわけだし。浄化したくらいじゃセレスの頭に焼き付けられた映像は消えないだろう。  でもでも! あの真摯な告白をしてくれたセレスのことを、僕は信じたいのだ。  ここはもう、色仕掛けで押し倒してしまおう! 前例はあるし、セレスも立派な成人男子だ。28歳なら衰えるにはまだ早い。  それでも駄目だったら、そのときまた考えればいい。  来週からは僕も王宮で働くことになる。自分からやりたいと言った仕事をさせてもらえるなんて、夢みたいだ。  王宮で働けば行き帰りも含めて一緒にいられる時間が増えるし、なによりもセレスの役に立てるのが嬉しい。  働き始めてからは、僕もしばらくはそんな余裕がなくなる可能性は高い。ならば今週末が最後の機会だろう。 「レーネさん、エオスさん、相談があります!」  これから湯浴みを、というところで僕は行動に出た。いつも着替えを用意してくれる侍女さんたちに、あるお願い事をする。 「ウェスタ様、ついにですね! 私たちも陰ながら応援しております。あの朴念じ……ゴホン。真面目な主人を焚きつけてやりましょう!」  朴念仁って……あはは。そんなことないはずなのは身をもって知っているんだけどなぁ。最近は全くもってその通りだけれども。  寝室の掃除や寝具の手入れをしてくれている彼女たちには、僕たちの閨事情なんてとっくにバレている。ちょっと、いやかなり恥ずかしいが、セレスよりも僕の味方になって応援してくれる姿勢は心強い。    セレスに引かれて断られたらと思うと怖いけど、男にはやらねばならぬ時があるっ。当たって砕けよう!  セレスが寝室へ来たとき、僕は腰から下を布団の中に納め、上半身はヘッドボードに預けていた。  寝ようか、という合図に布団のはじを捲ってセレスを呼び寄せる。彼がその前に魔導ランプを消そうとしたから、それは止めてもらう。  視覚情報に訴えなければ、僕の作戦は成功しない。セレスは不思議そうにしながらも、ランプを点けたまま僕に寄り添った。 「セレスは明日、仕事ないんだよね? なにか予定はある?」 「あぁ。今のところ無いが、どこか行きたいところがあるか? どこでも連れて行ってやる」 「ふふっ、ん〜そうだなぁ。明日になってみないと……」 「?」 「ね、キスして?」 「……」  僕たちは向かい合わせに寝ている。ランプがついていること以外は、いつも通りの流れだ。僕がセレスの顔に手を添えつつお願いすると、セレスはなにも言わずに願いを叶えてくれた。  背中からうなじまでを腕と手で支えられ、しっとりと唇が重なる。お互いの息が混ざり合い、清潔なミントの香りがした。  お互いの唇をやわく吸って舐めて、その感触を楽しむ。僕が軽く口を開けば、驚かせないようにしているみたいにそっとセレスの舌が入り込んできた。  いつもなら少しだけ舌を絡めて、さっと出ていってしまう。そのままポンポンと背中を叩いて寝かされるのだが、今日の僕はそこで大人しく引くつもりなんてさらさらない。  案の定セレスはすぐにキスをやめようとした。僕はすかさずキュっと彼の舌を吸い、腔内に引き止める。  セレスはびっくりした様子で目を開いた。僕は妖艶に見えるよう目を細め、焦点の合わない紫色を見つめながら、彼の舌を口の中で扱くように愛撫する。  そのままセレスの上へ乗り上げ、顔を傾けてさらにキスを深めた。夜を閉じ込めたみたいな、漆黒の髪に指を差し込んで絡める。自分の髪がさらさらと落ちてきて、手入れでつけられた花の油が香った。  太ももに当たる興奮の証。それに気を良くしてピチャピチャと音を立て、煽るように唇を合わせ続ける。  それが功を奏したのかセレスは突然僕の後頭部を掴み、口の中を好き勝手に蹂躙し始めた。 「ん……んぅっ」  ぞくぞくと快感が背中を駆け上がり、久しぶりの甘ったるいキスに夢中になる。  だがそこで油断してはいけない。あとひと押しはしないと、セレスはそこで止めてしまう可能性が高いと僕は学んでいた。  すかさず膝でセレスの股間をつんつん刺激しながら尋ねた。 「セレス、ここ苦しそう。つらいでしょ? しようよ」 「う、ウェスタ! 無理しなくていいんだ。俺は……我慢できる」 「我慢しなくていいのに。ね、触って?」 「……!」  セレスの手をあえて僕の膝あたりに誘導する。その手は僕の脚を上に向かって撫でると、あることに気づいてピクッと動きを止めた。  純情なセレスはそれだけで顔を赤らめてくれるから可愛い。まだまだこれからなのに……  僕はいま、セパレートタイプではなくワンピースのパジャマを身につけていた。初めてセレスの家に来たとき用意されていたものと似たものだ。若干トラウマな思い出はあるけど、あれも今となっては笑い話だ。  ここで住むようになってから真っ先にパジャマのことを侍女さんに聞いたら、ちゃんとセパレートタイプのパジャマがあると教えてもらって、これまで用意してもらっていたのだ。  だって、ワンピースはベッドの中で捲れてしまうから苦手だった。  でもこれは……セックスのお誘いにぴったりだ。セレスは僕の生脚に気づいて驚いているけれど、手がさり気なく動いて感触を確かめている。毎日磨き立てられている僕は、肌のツルツルさに自信があるのだ。しめしめ。  僕はさらに追い討ちをかけようと、セレスの腹を跨いで起き上がり、自らワンピースを脱いだ。 「ねぇ、セレス……見て」 「ウェスタ……俺を殺す気か?」

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