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第28話 人生の再スタート
しかし何処まで話すべきなのか躊躇ってしまい、思うように説明できない。
「あの、僕はエリペール様の付き人として同じ部屋で暮らしていたのですが、同時にバース性を発症してしまいまして……」
「恋人だと思っていたけれど、そうではないのか」
「いや、こい……恋人に……なって……なったのですが……」
これでは、本題の泊めて欲しいまで、辿り着きそうにない。自分で自分が情けなくなってしまう。
パトリスは「誰にも口外などしないし、ここには私しかいないから、ゆっくり話してくれて構わない」と宥めてくれた。
一つ咳払いをし、エリペールと体の関係を持ったが、頸は噛まなかったこと。その後、結婚を許してもらえるよう公爵夫妻を説得するとエリペールは断言したが、ゴーティエと話をしている間に発情期用の隔離部屋に移されたこと。その後七日ほどで終わるはずの発情期が満月一周分ほど続いたこと。
そして、部屋を出てからエリペールの情報を一切教えてもらえなくなったこと。
時間をかけて言葉を詰まらせながらも、包み隠さず全て話した。
パトリスは時折何か言いたげに口を開きつつも、話しを途切れさせないように頷きながら聞いてくれた。
「ブランディーヌ様は、僕にバース性が発症しても仕事に困らないよう色々と教えてくれました。アルファの多い公爵邸の中でも暮らせるように、隔離部屋まで準備してくれたのは感謝しています。でも……実際、発情期が始まって気付いてしまったのです。僕はもう二度とエリペール様には会えないのだと」
「エリペール様は、マリユスくんを探しているんじゃないのか?」
「いえ、きっと同じように僕の情報も知らされていないと思います。隔離部屋の場所を知っているのは専属の侍女とブランディーヌ様、そして医師の三人だけのはずですから。きっと、僕が公爵邸から出て行ったのも知らないまま、忘れられると思います」
パトリスはそんな薄情な人ではないと励ましてくれた。僕はかぶりを振って、スラックスを握りしめた。
「皆さん優しくしてくださいますけど、オメガはいない方が良いに決まっています。公爵家を出たのを間違いとは思っていません。でも、いざ公爵邸を出た時、どこに行くかと悩んで頭に浮かんだのはパトリス先生しかいませんでした」
学校の在学中も、交流を持っていたのはブリューノくらいだった。
当時は、自分が色んな人と交流を深める必要性はないと思っていたが、もう少しブリューノの意見を聞いておくべきだったと今更後悔している。
困った時に頼れる人は他にいない。
「そんな時に私を選んでくれるなんて光栄だよ。寝るところがなければ部屋を貸してあげよう」
「良いんですか?」
「忙しくなった時に、寝泊まりだけしている別邸が近くにあるんだ。必要なら従者を何人か付けよう」
泊めてもらえるだけで充分だと言いたかったが、料理も掃除もまともに出来ないので、ここはパトリスの好意に甘えようと思った。
「働き口を見つけます。それまで、どうかお願いします」
深々と頭を下げる。
オメガの自分にできる仕事が直ぐに見つかるとも思えないが、元々は泥を吸って生きていくはずだった人間だ。選ばなければなんとかなるだろう。
しばらくはパトリスに迷惑をかけるが、後にお礼ができるように頑張ろうと意気込む。
「仕事……」
パトリスが呟く。
何か伝手でも思い出したか。じっとこちらを見ている。
「仕事を探すのかい?」
「はい。一人で生きていかなければいけませんし、抑制剤のお薬もきっと高額でしょうから。なんとか工面できるようにならないといけません」
「なら、ここで働くのはどうだろう?」
「へっ?……ここで、ですか?」
「助手を雇うのは教授として当たり前なんだが、どうも私は偏屈でね。人にストレスを感じるくらいなら一人の方が良いと、ずっと片意地を張ってきたんだ。でもマリユスくんなら人柄も知っているし、本も丁寧に扱ってくれる。在籍中の成績も誠実さも知っているから、私も安心だ。ちゃんと給料も支払う。どうだね?」
至れり尽くせりとはこのことだ。
歩いてくるのは大変だったけれども、パトリスを頼ったのは正解だった。
「あの、僕、精一杯頑張ります!! 本当に、本当に、ありがとうございます!!」
辛く厳しい未来を覚悟していただけに、気が緩んでソファーにへたり込んでしまった。
パトリスは公爵家に遣いを送ろうかと言ってくれたが断った。
リリアンに置き手紙を残してきたし、居場所を教えては迎えに来て欲しいみたいだ。
それに、ゴーティエやブランディーヌは、内心、安堵するだろう。いつまでもオメガを匿っていては仕事に差し支える。
エリペールは……。エリペールのことは考えたくなかった。
僕がいなくなったと知らされるのかさえ、考え難い。
もしもそれを知った時に、少しでも寂しいと思ってくれればいいと思う。
番にならなくて良かった。
エリペールはちゃんと家同士の結び付きを大事にできる。
貴族階級の人で、恋愛結婚など聞いたこともない。
少しだけでも夢を見させてくれて、感謝している。
一度だけ交れた思い出は一生忘れない。
新しい人生が始まった。
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