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第53話 キスする手前の

 全ての謎が解明され、平和な日常が戻ってきた。  何日か経ってから研究室を訪ねると、パトリスは学校での仕事は続けると話してくれた。  新しい助手に来てもらう準備を進めているのだと言う。 「冷静になって、おかしな行動をとらなくて良かったと思えたよ。私を婿養子に迎えてくれたルブラン伯爵に、顔向け出来なくなるところだった」  苦笑いを浮かべる。 「マリユス君は、無事エリペール様との結婚が決まったんだってね」 「はい、バルテルシー伯爵様が快諾してくました」  とはいえ、そろそろ発情期が始まる頃なので結婚式よりも番になるのが先になりそうだ。  パトリスは「幸せが続くのなら、順番は関係ない」朗らかに笑った。  ブリューノはまさかの展開に、しばし絶句していた。  僕と学校で再会を果たしてから今日までの時間が濃厚すぎたと振り返る。  そもそもを考えると、ブリューノとの再会がなければ始まらなかった。  ただ僕とエリペールを再会させるのだけが目的だったのに、僕の過去に巻き込んでしまったことを詫びると、「これまでの付き合いの中で一番の思い出になった」と気遣ってくれたが、ため息も忘れなかった。  今回の件で、エリペールとブリューノの絆が更に深まったのは言うまでもない。 「伯爵夫妻に会ってから、これは問題解決まで泥沼化しかねないと懸念していた。しかしブリューノが奴隷商に詳しかったおかげで、ヒントになる知識をある程度入手できていたから、最短で解決できたのだ」 「かいかぶりすぎだ。エリペールの洞察力が長けていたに決まっているではないか」    ブリューノは僕の母が亡くなっていたことを慰めてくれた。  手放しに喜べる結末とはいかなかったが、それでも自分が生きていて良い存在だったと言うこと、ちゃんと愛されていたことが分かり嬉しかった。  そしてバルテルシー伯爵の息子だと判明したことで、エリペールとの結婚も叶ったのだ。  バルテルシーは今から楽しみにしていて、バルテルシー街でパレードをして欲しいと頼まれてしまった。今ではゴーティエと意気投合して、まだ見ぬ孫の話で盛り上がるほどの仲になっている。 「ん? マリユス、匂いが濃くなってきている。発情期が始まったのではないのか?」  エリペールが本人よりも早くフェロモンの匂いに気付いた。 「そういえば、少し体が熱い気がします」  それを聞いたブリューノは急いで立ち上がり「では、早めに失礼するよ。僕までフェロモンに当てられては大変だからね」番の報告を待っていると言って、公爵邸を後にした。  ブリューノはアルファ同士の結婚だから、僕のフェロモンが届いてしまう。  今まではバース性が発症していなかったから、気にしたこともなかった。 「マリユス、我々も早く部屋へ戻ろう」 「そうですね」  エリペールはリリアンを呼び、シーツや着替えを多めに準備するよう伝え、湯浴みはいつでも可能な状態に整えておくこと、食事は食べやすいものを部屋のテーブルに置いて、速やかに部屋から出ることを加えて説明知る。 「もしも私がラット状態に入っていれば、ベータであっても危害を加える恐れがある。自分で自分をコントロールできなく恐れがある。くれぐれも慎重に頼む」 「畏まりました」  リリアンが急いで準備へと向かった。    部屋へ戻るとその足で寝室へと向かう。ドアを閉めたのをエリペールが確認し、ベッドに傾れ込んだ。 「匂いが濃くなるスピードが速い。もうフェロモンに当てられている」  息遣いが荒くなっていくエリペールを前に、僕もアルファの精を求める気持ちが芽生える。    互いの服を脱がし合う。  早く、早く肌の温度を感じたい。  エリペールが僕のシャツのボタンを上手く外せなくて「すまない」と逸る気持ちを抑えきれずに引き裂いた。  一糸纏わぬ姿になると、体を癒着させる。  既に二人の中心が芯を通し初めていた。    じっと見詰め合うと、眸に互いの顔が映っているのまで判別できる。  自分の中にエリペールを閉じ込めた気持ちになれた。  以前、ブリューノから聞いた話を思い出した。 『エリペールはマリユス君を自分の中に閉じ込めておきたいほど、愛している』  この事だと思った。  他のものは何も入り込まない、二人だけの世界。エリペールの眸は潤んでどこまでも透かして見えるほど澄んでいる。こんな美しい場所なら、何時までも閉じ込められたいとさえ感じる。  今からこの人と結ばれるのだと思うだけで、感極まってしまった。   「今日分かったのだが、さっきブリューノはオメガのフェロモンに当てられないよう早めに帰ると言っていたが、実はその前から既にマリユスのフェロモンを感じていた。きっと君は、最初から運命の番にしかフェロモンを出さない特殊な体質なのだろう」 「そうなんですか? 確かに以前そうかもしれないと感じた事がありましたが、本当だと嬉しいです。エリペール様の特別になれた気がします」 「気がするのではない。マリユスは昔から私だけのものだ」  鼻先で顔をくすぐられる。  瞼に、頬に、エリペールの指が触れていく。 「マリユス、私の番となり、伴侶になりたまえ」 「喜んで、お受けいたします」  どちらからともなく抱きしめ、呼吸を絡ませる。  エリペールの匂いに包まれ、本格的に発情期が始まった。

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