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第62話 エリペールの一年間①
【番外編】二人が離れていた一年間のお話
★本編でマリユスとエリペールが離れ離れになっていた一年間のお話です(エリペール視点)★
思い返してみれば、私の嗅覚というのは幼少期から人とは違っていた。
人の言う『いい香り』が良く理解できないでいた。
それは食事や自然から発する匂いに関しては問題ないのだが、人に対しては……と限定したほうがいいだろう。
理解して貰うためにどう説明すればいいのか言語化できないが、マリユスとの出会いが全てを解明した。
あの石積みの塔の中から私を誘い込む、花のように甘く、それでいて春風のような温かい香りが漂ってきた。
居ても立ってもいられず、馬車を飛び降りて駆け込む。
入り口で止められたが、慌てて追いかけてきた母が商人に話を通してくれ、中に入れた。
薄暗い、湿度の高いその場所は、母であるブランディーヌが思わず鼻を摘むほどであった。けれども私はしっかりと甘い香りを感じ取っていた。
足は導かれるようにそちらへと向かう。
鉄格子越しに目があったその子で間違いなかった。
まさに私が欲していた香りだった。
その子はボロボロに破れた布を身に纏い、靴も履いていない。十三歳だと聞いた時は、あまりの体の小ささに驚いたが、しかしそんなのは私には関係なかった。
膝を抱え、伸びっぱなしの前髪の束の隙間から怯えるように瞳を震わせ、こちらを見た。
———助け出さなければ……。
本能的に思った。
小さく身を縮め、僅かな物音にびくりと体を戦慄かせる。ここから出たいんだと、助けてくれと、私に向かって叫んでいる声が聞こえた。
確かに、聞こえた。
「この人に決めます」
五歳だったあの頃は、今ほどの責任感など持ち合わせていない。けれど高揚する気持ちを抑えられないほどの達成感を感じていた。
私が助けた。私が守ってあげなければならない。
それまでは父と母、そして公爵家に携わっている沢山の大人たちに守られていただけだった私が、初めて『守る』立場になったのだ。
私はとても張り切っていた。
まだバース性の検査も受けておらず、あの衝動的行動が本能だったとは思えない。
例えそれが奴隷商でなくとも、別の場所だったとしても、どんな形で出会ったとしても、マリユスを見つけ出し、同じように言った自信もある。
「あなたに決めます」
あらゆる可能性の中で、奇跡的に私とマリユスは出会った。
それが『運命の番』だと知るのは、もっと先の話である。
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