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第13話

 次の日太賀は自分の部屋から出られなくなった。何度も有川を呼ぼうとしたが、寸でのところで思いとどまってしまう。でも、九条も有川も自分が部屋に閉じこもり、朝食も取らないでいたら、自分の身におかしなことが起きているとさすがに気づくだろう。  今朝目が覚めた瞬間から、昨日やっとの思いで沈めた自分の体は、当たり前のように息を吹き返し、欲望を露わにしていた。それは思春期の夢精のように、太賀は目が覚めた同時に自分が精を放っていることに気づき愕然とした。 (嘘だろう……)  太賀はベッドから飛び起きると慌てて汚してしまったシーツをひっぺがした。それを浴室まで持っていくと、太賀は素早く裸になり、自分とシーツに冷たいシャワーを勢い良く浴びせた。火照る体が冷たいシャワーによって一時的には和らぐが、自分の性器は頑なに硬質を極めようとする。 (嫌だ、手を伸ばしたくない!)  太賀はフラフラとした足取りで浴室を出ると、下着をかろうじて身に付け、ベッドへ倒れ込んだ。何とか重たい手を持ち上げてスマホを手に取ると、九条から教えられたナンバーをタップする。ありがいたことに数秒で電話の相手は出てくれた。 「あ、有川さんですか? す、凄く、辛いです……あ、あの、九条さんはいますか?」 「太賀様ですか? あいにく要様は既に会社へ出勤されておりまして……私が今から太賀さまのお部屋へお伺いします」  太賀その言葉を聞くと、屈辱と羞恥で体が石のように固くなった。心までガチガチに凍った氷のように冷え切ってしまう。 「あ、あ、やっぱり大丈夫です!……自分で何とかしますから……」  太賀は震える声でそう言ったが、あっさりと有川に一蹴される。 「大丈夫です。私は慣れていますから。ご安心ください」 「慣れてるって、どういう意味ですか?」 「こんなこと言いたくないですが、要様は今まで気に入ったオメガの相手を見つけると、大賀様と同じように抑制剤を飲むのを止めてもらい、あのクラブの上の階の部屋で、発情期に合わせて、何度もことに及ぼうとしました。しかし、結局上手くいかず、その度に、私が発情期に苦しむオメガの皆様を鎮めて参りました」  太賀は何も言い返せなかった。九条という男の苦しみは自分も男だから分かるが、有川に対する扱いが余りにもひど過ぎる。本当に、本当に、九条という男は信じられないくらいひどい奴だ。 「太賀様の気持ちは分かります。でも、誤解しないでください。要様には要様の事情がおありなのです。あ、無駄話はこのあたりにして、今からお伺いします。少々お待ちください」  有川はそう言うと、ぷつりと電話を切った。 「コンコン」   数分後に部屋をノックする音がした。太賀はおぼつかない足取りでドアまで近づくと、ゆっくりとドアを開けた。  「あ、有川さん……俺……」  そう太賀が言った瞬間、太賀は自分の目の前に立っている人物に、その場で卒倒してしまうほど驚いた。 「く、九条さん……な、何で?」  太賀は声を震わせながらそう言った。目の前に立つ男の存在に、自分の全神経が波打つように反応するのが分かった。 (ああ、どうしよう……こんなことって……)  太賀は九条を目の前にした瞬間、自分のプライドなど簡単に捨てて、すぐにでも九条に縋りつきたい衝動に駆られた。もう自分なんてどうなってもいい。この狂おしいほどの性的衝動を鎮めてくれる人間がいるのなら、理性などかなぐり捨てて、誰彼構わずその胸に飛び込んでしまいたいと。 「ついに来たんだな……発情期というやっかいなやつが……」  九条は冷静な瞳で太賀を見つめそう言った。太賀はその冷静さを孕む瞳がひどく憎らしくなる。それではきっと、自分のこの程度の発情では、九条の性器を蘇らせることがなどできないと示しているみたいだからだ。じゃあ、自分は毎月こんな地獄のような苦しみを味わう羽目になるのかと、太賀は嗚咽したくなるほど悔しくなる。 「随分辛そうだな? どうだ? 想像していた以上に苦しいものだろう?」  九条は部屋の中にぐいと入ると、太賀に近づき、いきなり太賀の手首を強く掴んだ。 「……ふっ、凄いな、この部屋に太賀の匂いがひどく充満している……息もできない」  九条は僅かに眉間に皺を寄せると、太賀をぐっと自分に引き寄せた。 「どうですか? 俺のフェロモン……あんたのそれ、勃ちそうですか?」  太賀はわざと煽るように上目遣いでそう言った。でも、そんな憎まれ口を叩く余裕は既になく、太賀は立っていることもままならなくて、九条の大きな胸に自分の頭を不覚にも預けてしまう。九条はそんな太賀に気づくと、そっと太賀の耳に触れた。その全身をぞわりと貫くような感覚に、太賀は思わず声を漏らした。 「っあ……」  九条はただ無言で太賀の耳を優しくなぞるように触る。そうされるたびに太賀は堪えきれず声を漏らしてしまう。 「はっ、や、やめて……」  太賀はその手から逃れるように頭を振ると、九条は太賀の頭を両手で掴み、しっかりと固定したまま、太賀を食い入るように見つめた。ただ耳を軽くなぞられただけなのに、全身が性感帯のようになっている自分の体に、太賀は強いショックを受ける。  九条はしばらく太賀を見つめていたが、ふっとその瞳から光が失い、雄の本能を滾らすような目をしながらはっと短く息を吐いた。太賀は九条のその目に、もしかたらという期待を感じた。もしそうだとしたら、自分の役目はこんなにも簡単に終わってしまということになり、それはとても喜ばしいことということになる。 「あ、有川さんは? な、何故、来ないんですか?」  太賀は自分の熱い吐息に邪魔されながら、絞り出すようにそう言った。 「……あいつは来ない……初めから来させるつもりなどなかった……こんな太賀を、誰にも見せたくないからな」 「え?……」  そう言った瞬間、いきなり九条に唇を奪われた。太賀は一瞬のことで頭が真っ白になる。 「ふっ、んんっ」  ぬるりと九条の舌が自分の口腔内に入って来る。その舌は太賀の舌を激しく犯すように攻撃的に動き回る。太賀は九条の舌と自分の舌が触れ合うたび、自分の中心から少量の精がトクトクと漏れ出ていることに気づいた。 (キスだけでイクなんて……)  その事実に、太賀の心は粉々に壊れてしまいそうになる。こんな体は嫌だ。普通の体がいい。こんな淫乱な体、灰になるまで燃やしてしまいたい。なのに、このキスはどうしてこんなにも気持ちが良いのだろう。例えて言うなら、海で溺れて息ができずに苦しんでいた自分に、酸素がすうっと入り込んできたような安堵感と多幸感。  気づくと太賀は自らも九条の舌を求め、激しく絡ませている。自分には手を出さないという約束を簡単に反故されたことなど、最早どうでも良くなっている自分がいる。 「はあ……はあ、んんっ、もっと……」  太賀が我を忘れたように九条にしがみつき、貪るようにキスを求めた。九条はそれに呼応するように、太賀の背中に手を伸ばすと、太賀の背中を、ティーシャツの上から指先で円を描くように官能的になぞる。 「はっ……そ、それ、やめてっ」  太賀はその刺激に思わず背を仰け反らせる。体勢を崩した太賀を九条は素早く抱き抱えると、そのまま太賀の脇に手を入れ、太賀を正面から抱っこした。そのせいで昂る自分の中心が、ちょうど九条のそれとぶつかり合うような体勢になったが、九条の中心はまるで、その部分だけが静謐な雰囲気を纏っているかのように、そこにひっそりと存在していた。そのことに気づいた瞬間、太賀は頭がパニックになった。  自分はこの契約など所詮成り立たないと高を括っていた。自分のフェロモンで九条の性器に息を吹き返させることなどできるはずがないと。だから、さっさっと自分は用なしになって解放されるだろうし、でも、金だけはしっかり貰うことができて、こんな美味しい話はないとそう密かにほくそ笑んでいた。  なのに、今自分は、九条のそれが一ミリも反応していないことに、地面に突き落とされたくらい落胆している。この疼く体を九条のそれで激しく貫いて欲しくて狂いそうになっているというのに。  オメガの体は妊娠ができるように作られている。発情期などの性的興奮に達すると、直腸の隣にある普段は閉じている女性の膣のような部分が開き、男性器を向かい入れる準備をする。今、自分のそこは熱く潤いヒクヒクと痙攣させながら、今か今かと九条の性器を待ち侘びているというのに、それなのに……。  九条の中心は自分のフェロモンに全く反応していない。むしろ、もう二度と男としての機能を果たさないと絶望的に悟っているようにさえ感じる。 「く、九条さん……やっぱり俺じゃ、ダメなんですね?」  太賀は九条に涙目で訴えた。ちょっと前の自分は、こんなみじめな自分がこの世に存在しているなんて想像もしていなかった。 (ああ、なんて滑稽なんだ……)  太賀は自分の頬を伝う涙を乱暴に拭った。 「気にするな……まだ始まったばかりだ……俺は諦めない」  九条は太賀の耳元でそう熱のこもった声で囁くと、太賀を抱えたままベッドまで運び、そこに乱暴に放り投げた。 「わっ!」    驚いて叫んだ太賀の唇を九条はまた乱暴に塞ぐと、さっきよりも激しく舌を絡ませてくる。その刺激に太賀はまた我を忘れ獣のように貪りつく。 「あっ……あっ……またっ、イ、クっっ」  太賀は体をびくびくと痙攣させながら、自分の性器から垂れ落ちる精を太腿辺りで感じた。 「何度でもいけ……俺がいかせ続けてやる……」  九条はそう言うと、太賀のティーシャツとパンツを脱がせ全裸にする。 「ああ、九条さん! それで俺を貫いてよ……お願い! 苦しくて堪らないんだよ!」 「焦るな、太賀……」  九条は太賀をまっすぐ見つめると、その瞳と唇に宿る魅惑的なエロスで、太賀を一瞬で黙らせる。 (ああ、この人、なんて奇麗な顔してるんだろう……)  太賀の頭は発情期で浮かされているが、その事実だけは本当にクリアに自分の心に強く響いた。  九条は太賀の胸の突起に手を伸ばすと、両手で太賀の両方の胸の突起を器用に弾いた。その刺激に太賀の中心はまたびんっと張りつめたように起立する。九条は器用に何度も太賀の胸の突起を刺激すると、今度はそこに唇を這わせ愛撫し始める。九条の舌は小刻みに左右や上下に動きながら太賀のそれを弄ぶ。 「ああっ……や、やだ……それ、やだよぉ……」  太賀は、九条に両手を頭の上で拘束された状態で、身を捩らせながら喘いだ。九条から与えられる刺激は、すべて漏れなく最高の愉悦に繋がってしまい、太賀はきっとこれは夢ではないかと疑がい始めてしまう。  九条は太賀のそれを軽く甘噛みすると、ちゅっと音を立てて吸い上げた。その僅かに痛みを伴う刺激に、太賀の体は従順に反応してしまう。 「太賀……お前は自分のことを何も分かっていない……」  九条は急に苦しげに眉を寄せると、太賀にそう言った。 「もういい、そんな話聞きたくない! 俺のことなんてどうでもいいから! 早く!」  太賀はそう言うと、九条の手を自分の中心に持っていき、自分の手と重ねせながら勢い良く扱き始める。 「お、おかしくなりそう! ねえ! 早く!」 「……分かった。待て」  九条はそう言って太賀の手をどけると、太賀の中心を躊躇いなく口に咥え込む。 「あっ……ああっ、ダっ、ダメ……そんなっ、ダメだよ!」  九条の熱い口腔内に収まった太賀の中心は、一気に躍動するように硬質を極め、内包する精が沸騰するように滾り始める。  九条の舌使いは超絶に巧みで、やはり自分が感じていたエロスの王者という妄想は正しかったのだと、強烈な愉悦の中で、太賀は絶望的に悟るしかない。 「はあっ……く、九条さん! ま、またっ……イ、クぅ!」  九条は掴んでいる太賀の中心を上下に動かすと、器用に舐めたり吸ったりを繰り返しながら、太賀をまた更なる高みへと誘おうとする。 (俺はもう何回果てたんだろう……)  太賀はそんなことを頭の片隅で考えるが、九条からの豪奢な愉悦に徐々に気が遠くなってしまい、ついに意識を無くしてしまった……。

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