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第22話

 逃げるように九条家を飛び出して分かったことがあった。それは、自分が今まで飲んでいた抑制剤には即効性がないということだった。  太賀はアパートについてすぐ薬を飲んだ。でも二、三日経っても、発情期が来る前のあの独特な体のだるさと熱が消えなかった。太賀は嫌な予感に苛まれつつも、抑制剤が効くことを願って、明日からまた通い始める大学の準備を始めた。でも、何かをしようとする度、太賀の頭を占領するは、最後に見た九条の悲痛な表情で、それがいつまでの目の裏側に焼き付いて離れなかった。 (俺が傷つけた……俺が自分の弱さで逃げたから……)  太賀はどっと押し寄せてくる後悔に押し潰されそうになるのを堪えながら、明日の準備を進めた。  その日の夜に、太賀は強い性的な衝動を感じて目が覚めた。これは自分が今まで何度も経験してきた発情期にピークの前触れだ。薬が効かなかったら明日にでもピークを迎えてしまうかもしれない。太賀は恐怖で身を震わせながら体を起こすと、火照った体を冷まそうとシャワーを浴びた。  冷たいシャワーを浴びながら、太賀は自分の中心を扱いて欲望を何度も吐き出した。今までは、ピークを迎えた時は九条が自分を鎮めてくれた。でも、今回は自分でこれを鎮めなければならない。 (そんな……どうしよう……)  太賀は明日が来るのが怖くて、ずるずると浴室の床に体育座りをすると、両腕で包み込むように膝を抱えた。その間も、自分の性器は忌々しいくらい躍動しているのが分かる。それに付随するように、あの部分がいやらしいくらい濡れそぼり、欲望を受け入れるのを今か今かと待ち侘びている。 「あーー! くっそ!!」  太賀はシャワーの水を撒き散らすように頭を掻きむしると、絶望的な声を張り上げた。  次の日の朝、太賀は奈緒に明日から大学に行くと言っていたにも関わらず、とても行ける状況でないことに激しく落胆した。発情期の症状は昨日よりも増していて、確実にピークを迎えてしまったようだった。   太賀は重い体を必死に起こすと、奈緒にメールを送った。ひどい風邪をひいてしまい熱もある。ベッドから起き上がれないから今日は大学を休むとメールを打った。奈緒は『そっか、ゆっくり休んでね。あ、今回の研究とても良い評価を貰ってるから、産学連携がもしかしたら実現するかもよ』という返事が来た『これも太賀が頑張ってくれたおかげだよ』その言葉に太賀の胸は喜びで熱くなった。諦めずに続けて良かった。これも全部、支援金を援助してくれた九条のおかげだ。 (九条さん……大好きだ、愛してる……)  太賀は込上がる感情に胸が焼けるほど切なくなる。でも、今自分の目の前には九条はいない。  余りの発情の辛さに、太賀は途切れ途切れに意識を無くしていた。その間にも自分の精は止めどなく溢れ続け、太賀のベッドシーツを汚していた。時刻は十四時を少し回っていた。太賀はふらつく体を無理やり起こしてシーツをひっぺがすと、それを洗濯機へ放り込む。それを夕べから何度繰り返しているだろう。最後の一枚を使ってしまい、もう替えのシーツがない。  その時、九条のアパートのドアホンが鳴った。太賀はびくりと体を震わすと、玄関の方に目をやった。 (誰だろう? 俺がアパートに戻ってきたことを知ってる人間は、九条と有川以外では、奈緒ぐらいしかいないはずなのに……)  太賀は居留守を使うつもりでベッドに戻ろうとしたが、ドアホンを押した人物が、太賀のアパートのドアを強く叩いた。 「太賀! いるんだろう? 俺だよ。快斗だ!」  太賀は何故快斗が、自分がアパートにいることを知っているのかと訝しんだ。まさか、知らない間にストーキングでもされていたのだろうか。太賀は快斗に対する疑いが急速に高まる。 「太賀! 頼む、開けてくれ! 別れの挨拶に来たんだ……俺、あの仕事を辞めたんだ。つーかあの店はもう閉めるって、松下さんがそう言ってた。だから、俺も心機一転、ちゃんと就職しようと思ってる。だからどうしても最後に一目太賀に会いたくて来たんだ! お願いだよ太賀、ドアを開けてくれ……」  太賀は快斗の『別れの挨拶』という言葉が気になり、ふらふらと玄関に近づいた。自分は九条だけでなく快斗も傷つけてしまった。太賀は快斗と友達になりたいと思っていたけど、快斗はそうじゃなかった。太賀は快斗の気持ちに全く気付いていなかった。そんな自分の愚かさと罪悪感に、大賀は判断力を鈍らせる。  太賀はボーっとする頭に力を入れながら、鍵を外してそっとドアを開けた。自分も一目顔を合わせて別れを言いたいとそう思ったからだ。そうすることが快斗に対する誠意だと思ったから。でも、ドアを開けた瞬間、太賀は自分の行動の浅はかさを思い知ることになる。 「え?……太賀、お前……」  快斗は太賀を見た瞬間一瞬で目の色が変わった。太賀は快斗のその目の色を見た瞬間、強烈な危険信号を感じ取った。 (まずい! 俺何してんだ!)  快斗はぐいっとドアの隙間に足を入れると、強い力でドアを引っ張った。発情期のせいで全く力が入らない太賀は、なすすべのなくドアと一緒に引っ張られてしまう。 「うわっ!」  そう叫ぶ太賀の隙を付いて、快斗は太賀の部屋にするりと入り込む。太賀は慌てて後ろを振り返ると、明らかに呼吸のリズムがいつもと違う快斗が、太賀を食い入るように見つめている。 「か、快斗! ダメだ! 出てってくれ!」  太賀は恐怖で震える心臓を抑えながらそう精一杯叫んだ。 「帰れって? 俺は別れの挨拶に来ただけなのに? ひどいなあ、太賀は」  快斗は本当に寂しそうな声で言うと、太賀をじっと見つめながら、じりじりと距離を縮めようとする。こんなに恐怖を感じているのに、こんな時でも自分の体は、本能のままに誰彼構わず繋がりたいという衝動を発動していることに気づき、太賀は愕然とする。 (嫌だ! こんなことは俺が望んでることじゃない!)  そう心から思うのに、自分のあの部分は構わずそこを熱く濡らし、固く太い肉棒を今すぐにでも受け入れたいと足掻いている。  快斗は太賀の目の前まで来ると、そっと手を伸ばし太賀の頬に触れた。 「フェロモンってこんなにヤバいんだ?……公園の時とは別格だよ。でも良かった……やっと太賀を手に入れられる。あの不能野郎に先を越されずに済んだよ……俺の太賀……愛してる」  快斗のその言葉に太賀の背筋は凍り付く。もう自分の目の前にいる男は、自分の知っている快斗ではない。 「は、離せ! 快斗! 目を覚ましてくれ!」  太賀は全身の力を込めて快斗を突き飛ばすと、取り敢えず鍵のかかる部屋へ逃げこもうと一番近いトイレに向かって走ろうとした。でも、素早く起き上がった快斗に足を掴まれてしまい、太賀は床に盛大に倒れ込んだ。 「いってぇー」  膝を強く強打した太賀は、膝を抑えながら床に這いつくばった。その隙に快斗が、背後から太賀を床に強く抑え込む。 「太賀……はあ、はあ、好きだ……太賀」  快斗は太賀に覆い被さると、項に顔を埋めながら、興奮したように何度も鼻で呼吸をした。まるでそこから溢れる太賀のフェロモンを、自分の体いっぱいに満たそうとするみたいに。  自分の体は麻薬と一緒だ。人を一瞬で狂わせる。  その事実を目の当たりにして、太賀は本当にオメガという自分の体を心の底から呪いたくなった。でも、自分がオメガでなければ、自分は多分九条に出会うことはなかっただろう。九条が自分を見つけてくれたから、特別な存在として認めてくれたから、太賀はこんなにも誰かを愛することの素晴らしさを知ることができた。それは九条も同じであると信じたい。でも、もう手遅れなのだろうか? だってそうだろう。これも全部自分のせいなのだから……。   快斗は荒い息遣いのまま太賀の項に舌を這わせた。その刺激は太賀の体に嘶きを走らせる。 それと同時に、太賀の中心からもまた飽くことなくトクトクと精が溢れ出てしまう。 「うっ、くうっ」  太賀は体を痙攣させながら、精を放つ。その様子に気づいた快斗が、うつ伏せから仰向けに太賀の体勢を変えると、同時に両手首を掴み床に押さえつけた。 「快斗! お願いだ! やめてくれ!」  太賀は必死に懇願するように快斗に向かってそう言った。でも、快斗は全く聞き耳を持たず、いきなり太賀の唇を奪った。 「ふっ、んん!!」  太賀は必死に首を振って快斗からのキスを避けた。舌を入れられそうになるのを渾身の力で口を閉じてガードする。  「た、太賀~! 何でだよ~」  自分の思い通りにならない太賀に快斗は苛立ちを覚えたのか、既に昂ぶっている自分の性器を太賀の性器に重ねるようにして、グリグリと刺激を与えてくる。太賀はその愉悦に堪らなく声を漏らしてしまう。  「ううっ、あっ……はあっ」 「またイッたのか? 太賀?」  快斗は頬を蒸気させながら、快斗にそう問いかけた。 「そっか、もうかなり限界なわけか……分かった。太賀、待ってて、今すぐに、俺がそこに突っ込んでやる。ずっと欲しかったんだろう? あいつじゃあ無理だからな。この俺がめちゃくちゃ気持ちよくしてやるよ……」  快斗は苦しそうに呼吸をしながらそう言うと、太賀の履いているスウェットとパンツを足首までずり降ろした。そして、快斗は同時に自分のズボンも下すと、そこには爆発しそうなほどいきり勃つ快斗の性器が太賀の目に飛び込んで来る。抵抗しようにも完全に力で負けている太賀は、無情にも快斗に足をエム字に開かされ、自分のオメガの秘部を露わにされてしまう。 「はあ、はあ、いくぞ……太賀……」  快斗は太賀の膝を掴む手に力を入れると、自分の性器を持ち上げ、その部分に挿入させようとする。   快斗は完全に自分を見失っている。このままだと自分は快斗に完全に凌辱されてしまう。 (九条さん! 助けて! 嫌だ、嫌だ! 俺は九条さんとじゃなきゃ嫌だ!!)  「やめろぉぉ!」  太賀がそう絶叫した時だった。  自分に覆い被さっていた快斗が一瞬で姿を消した。気が付くと、快斗は数メートル先の玄関のドアに頭をぶつけたのか、痛そうに後頭部を摩っている。そんな快斗に見慣れた後姿の男が近づくと、快斗の胸ぐらを掴みドアに押し付けるようにして立たせた。 「貴様……こんなことをして生きて帰れると思うのか?」  その聞き覚えのある声を耳にした太賀は、安堵のあまり意識を失いかけた。  男は、快斗の首を掴みながら玄関の扉に押さえつけると、ドアに向かって、わざと快斗の頬を掠めるように、拳を一発強く打ち込んだ。 「ひいっ!」  快斗はがくがくと膝を震わせながら玄関に座り込むと、男が勢いよくドアを開けたせいで、背中を支えるものがなくなり、まるで後転するように外に転がり出た。でも、男は追い打ちをかけるように快斗を蹴り上げると更に遠くへ押しやる。 「……俺を怒らせたらどうなるか、もっと思い知らせようか?」  男はそう捨て台詞を吐くと、勢い良く玄関のドアを閉め、素早く鍵を掛けた。 「はあ……太賀……大丈夫か?」  胸を激しく上下させるように呼吸をしながら、九条が近づいて来る。大賀は構わず下半身を露わにしながら四つん這いで九条に近づくと、膝を付いて床に座った九条の首に腕を回し、必死にしがみついた……。

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