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第9話 楽しい思い出を作ろうよ
金曜朝、旅行へ出発の日が来た。
駅で待ち合わせて、電車で温泉地まで行く予定だ。
到着駅に旅館までの荷物の配送サービスがあるので、温泉地の駅まで行けば遊びに行ける。
どうせあいつも地味な格好だろうから、合わせて革ジャンに濃紺のジーンズだ。
ジーンズなんて、久しぶりで入るか心配だったけど、普通に入った。良かった~
「 ごめん、待った? 」
「あ、いや、俺も来たばか…… えっ! 」
振り向くと、黒のロングコートに黒のパンツで、リボンタイの白いブラウスシャツ着たホストがいた。
いや、違う。
「な、なんだよその格好! ホストか! 」
髪はポニーテールでうっすら唇には紅もさして、黒縁のメガネしてる。
俺並んで歩くのめっちゃハズい。なんか美少女系のアニメのコスプレみたいだ。
当然、もう顔が真っ赤っかだ。
カッコ良すぎるだろ!
「えー、だって旅行じゃん。
随分前にオーナーにこの服買って貰ったんだけど、着ていくとこが無いんだもん。」
「オーナーのツバメか! なんで化粧してんだよ! メガネは?! なんで? 」
「あー、唇荒れてガサガサするって言ったら、店の女の子がリップ1本くれたんだ。
メガネはバーテンダーさんに貰った。
眼鏡も手袋もシャツも、全部もらい物。
自分のは、何だろ、身体? あ、靴だ。」
確かに靴だけ安っぽい汚れたスニーカーだ。
他が綺麗にそろってるから、余計安っぽいのが目立つ。
「靴以外全部かよ。お前さー、自分がカッコいいって思った事ある? 」
「無い、そんな要素もない。
夜の店の最後の日なんて、客のゲロ掃除してた男のどこがカッコいいよ。」
「バッカ野郎、そう言う人が嫌がること、サッと嫌な顔一つしないでスマートに片付けるのがカッコいいんだろ!
あー、もういいや、行こ。
靴、あとで買ってやるよ。」
「いらないよ、勿体ない。
ミツミだってカッコいいじゃん! 革ジャン似合ってるよ? 高そー 」
高いよ! いっちょうらだよ! くっそ
サッと先を歩き始める。
ヤギが慌ててあとを追ってきた。
「何で怒ってんの? この服、駄目だった? 」
「カッコ良すぎで恥ずかしいんだよ、言わせんな! ほら、人多いから離れるなよ。」
手を握って引っ張ると、嬉しそうに笑う。
「この感じ、久しぶり! 」
「そうだな、なんか買ってく? 」
「そうだね、何か甘い物がいいな。チョコレート! 」
「オッケー! 」
学校帰りによく手を繋いだことが、思い出されて懐かしい。
突然連れ去られないように、俺はどんなに冷やかされても、ヤギの手を握りしめていた。
特急のグリーン車に乗って、並んで座る。
席は結構空いていて、ヤギが少し戸惑って周りを見渡した。
「普通席でいいのに。」
「まあ、このくらいおごらせろ。」
買って来たもの、テーブルに出すとヤギがチョコを早速空けて食べる。
俺も初めて食べるチョコなので口に放り込む。
目が覚めるほど苦い!
「にっが、何だこれメッチャ苦いじゃん。」
「健康にいいって書いてあったんだけど。」
「お前まだ顔色悪いよな、病院行った? 」
「病院? 行ってないよ。特に症状ないし。ちょっと疲れてるだけさ。」
「うーん、でも一度診て貰った方がいいぞ。
お前、彼女とかさ、いたの? 」
「いたけど、借金出来たら消えた。」
「あ、そうですか。申しわけありません。」
「ほんと、ひでえ人生。何一ついいことがない。」
「服買って貰ったじゃん。メガネだってよ。
銀行、どうなった? 」
「ははっ、残りすぐ返せってさ。
馬鹿みたいだ。今までの苦労なんて無駄だったよ。
人生で一番いい時間、奴隷みたいに死に物狂いで働いてきたのにさ、これが答えなんてひでえもんだよ。」
「当て、あるのか? 」
「あるよ、オーナーが貸してくれるって。」
俺はビックリして、ヤギの手を握った。
こんなにあっさり大金貸してくれるなんて、よほど気に入られてるんだな。
ああ、良かった!
「なんだ、いい人いるじゃん!
良かったな。うん、良かった。そっか! いい人に会えて良かったな! 」
「うん、心配かけるな。会社の人に言ってくれよ、もう少し猶予が欲しいって。
俺の気持ちの整理が付くまでさ。」
「わかった、なんとか猶予貰う。
どのくらいかわからないけど、まわりの工事先に進めるってことも可能だと思うし。
そうか、良かったなあ! 」
「うん、どうせ返さなきゃなんないけどさ。
でも、とりあえずは何とかなる! 」
「そうだな、オーナーさんもそれほど急かさないだろうし、気に入ってくれてるだろうから良くしてくれるさ。
ああ、俺心配でさ、自分の通帳かき集めて、ずっと計算してたよ。良かったあ! 」
「誰がお前に金借りるかよ、前の職場、退職金もなかったじゃん。」
ブブブブブ
後ろの席の携帯が鳴った。
慌てて立ち上がり、男が忙しく立ち上がり連結に走る。
実は、これが3度目だ。
なんだろうと、片足出して後ろを見ると、窓の向こうでペコペコして話している。
作業服着て、サラリーマンにも見えないし、旅行者にも見えない。
「変な奴。」
ブブブブブ
すると、ヤギの携帯まで鳴った。
ヤギが携帯見て、電源を切る。
「あれ? でないの? 」
「うん、ストーカーっぽい奴だから、着信拒否にしたいけど、それはそれでトラブルになるかなと思ってさ。」
「ふうん、お前、ほんとモテるな。」
「可愛い女の子なら、まだマシなんだけど、また男だぜ? 俺ゲイに見える? 」
「あーー、んーーー、見えるかも。」
チェッ! なんかでっかく舌打って、窓から流れる景色を見ている。
ボンヤリ眺めながら、小さくため息付いて、つぶやくように言った。
「楽しい思い出、作ろうぜ~ 」
どこか、どうでもいいような、諦めたような。
高揚した自分とはまったく逆の、ヤギの様子にふと不安が湧き出てきた。
何か嫌な予感がして、ミツミは視線を泳がせ大きく息を付いた。
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