9 / 33

第9話 楽しい思い出を作ろうよ

 金曜朝、旅行へ出発の日が来た。 駅で待ち合わせて、電車で温泉地まで行く予定だ。 到着駅に旅館までの荷物の配送サービスがあるので、温泉地の駅まで行けば遊びに行ける。 どうせあいつも地味な格好だろうから、合わせて革ジャンに濃紺のジーンズだ。 ジーンズなんて、久しぶりで入るか心配だったけど、普通に入った。良かった~ 「 ごめん、待った? 」 「あ、いや、俺も来たばか…… えっ! 」 振り向くと、黒のロングコートに黒のパンツで、リボンタイの白いブラウスシャツ着たホストがいた。 いや、違う。 「な、なんだよその格好! ホストか! 」 髪はポニーテールでうっすら唇には紅もさして、黒縁のメガネしてる。 俺並んで歩くのめっちゃハズい。なんか美少女系のアニメのコスプレみたいだ。 当然、もう顔が真っ赤っかだ。 カッコ良すぎるだろ! 「えー、だって旅行じゃん。 随分前にオーナーにこの服買って貰ったんだけど、着ていくとこが無いんだもん。」 「オーナーのツバメか! なんで化粧してんだよ! メガネは?! なんで? 」 「あー、唇荒れてガサガサするって言ったら、店の女の子がリップ1本くれたんだ。 メガネはバーテンダーさんに貰った。 眼鏡も手袋もシャツも、全部もらい物。 自分のは、何だろ、身体? あ、靴だ。」 確かに靴だけ安っぽい汚れたスニーカーだ。 他が綺麗にそろってるから、余計安っぽいのが目立つ。 「靴以外全部かよ。お前さー、自分がカッコいいって思った事ある? 」 「無い、そんな要素もない。 夜の店の最後の日なんて、客のゲロ掃除してた男のどこがカッコいいよ。」 「バッカ野郎、そう言う人が嫌がること、サッと嫌な顔一つしないでスマートに片付けるのがカッコいいんだろ! あー、もういいや、行こ。 靴、あとで買ってやるよ。」 「いらないよ、勿体ない。 ミツミだってカッコいいじゃん! 革ジャン似合ってるよ? 高そー 」 高いよ! いっちょうらだよ! くっそ サッと先を歩き始める。 ヤギが慌ててあとを追ってきた。 「何で怒ってんの? この服、駄目だった? 」 「カッコ良すぎで恥ずかしいんだよ、言わせんな! ほら、人多いから離れるなよ。」 手を握って引っ張ると、嬉しそうに笑う。 「この感じ、久しぶり! 」 「そうだな、なんか買ってく? 」 「そうだね、何か甘い物がいいな。チョコレート! 」 「オッケー! 」 学校帰りによく手を繋いだことが、思い出されて懐かしい。 突然連れ去られないように、俺はどんなに冷やかされても、ヤギの手を握りしめていた。  特急のグリーン車に乗って、並んで座る。 席は結構空いていて、ヤギが少し戸惑って周りを見渡した。 「普通席でいいのに。」 「まあ、このくらいおごらせろ。」 買って来たもの、テーブルに出すとヤギがチョコを早速空けて食べる。 俺も初めて食べるチョコなので口に放り込む。 目が覚めるほど苦い! 「にっが、何だこれメッチャ苦いじゃん。」 「健康にいいって書いてあったんだけど。」 「お前まだ顔色悪いよな、病院行った? 」 「病院? 行ってないよ。特に症状ないし。ちょっと疲れてるだけさ。」 「うーん、でも一度診て貰った方がいいぞ。 お前、彼女とかさ、いたの? 」 「いたけど、借金出来たら消えた。」 「あ、そうですか。申しわけありません。」 「ほんと、ひでえ人生。何一ついいことがない。」 「服買って貰ったじゃん。メガネだってよ。 銀行、どうなった? 」 「ははっ、残りすぐ返せってさ。 馬鹿みたいだ。今までの苦労なんて無駄だったよ。 人生で一番いい時間、奴隷みたいに死に物狂いで働いてきたのにさ、これが答えなんてひでえもんだよ。」 「当て、あるのか? 」 「あるよ、オーナーが貸してくれるって。」 俺はビックリして、ヤギの手を握った。 こんなにあっさり大金貸してくれるなんて、よほど気に入られてるんだな。 ああ、良かった! 「なんだ、いい人いるじゃん! 良かったな。うん、良かった。そっか! いい人に会えて良かったな! 」 「うん、心配かけるな。会社の人に言ってくれよ、もう少し猶予が欲しいって。 俺の気持ちの整理が付くまでさ。」 「わかった、なんとか猶予貰う。 どのくらいかわからないけど、まわりの工事先に進めるってことも可能だと思うし。 そうか、良かったなあ! 」 「うん、どうせ返さなきゃなんないけどさ。 でも、とりあえずは何とかなる! 」 「そうだな、オーナーさんもそれほど急かさないだろうし、気に入ってくれてるだろうから良くしてくれるさ。 ああ、俺心配でさ、自分の通帳かき集めて、ずっと計算してたよ。良かったあ! 」 「誰がお前に金借りるかよ、前の職場、退職金もなかったじゃん。」 ブブブブブ 後ろの席の携帯が鳴った。 慌てて立ち上がり、男が忙しく立ち上がり連結に走る。 実は、これが3度目だ。 なんだろうと、片足出して後ろを見ると、窓の向こうでペコペコして話している。 作業服着て、サラリーマンにも見えないし、旅行者にも見えない。 「変な奴。」 ブブブブブ すると、ヤギの携帯まで鳴った。 ヤギが携帯見て、電源を切る。 「あれ? でないの? 」 「うん、ストーカーっぽい奴だから、着信拒否にしたいけど、それはそれでトラブルになるかなと思ってさ。」 「ふうん、お前、ほんとモテるな。」 「可愛い女の子なら、まだマシなんだけど、また男だぜ? 俺ゲイに見える? 」 「あーー、んーーー、見えるかも。」 チェッ! なんかでっかく舌打って、窓から流れる景色を見ている。 ボンヤリ眺めながら、小さくため息付いて、つぶやくように言った。 「楽しい思い出、作ろうぜ~ 」 どこか、どうでもいいような、諦めたような。 高揚した自分とはまったく逆の、ヤギの様子にふと不安が湧き出てきた。 何か嫌な予感がして、ミツミは視線を泳がせ大きく息を付いた。

ともだちにシェアしよう!