12 / 33
第12話 夢の世界とリアルな世界
観光地らしく室内装飾は贅沢で素晴らしく、ヤギはすっかり元気取り戻して、昔のように素直に笑って、驚いて、綺麗なものに目を輝かせる。
「ここ来て良かっただろ? 」
邸内のレストランで昼のコース料理食べながら、パンを千切るヤギは料理が来るたびに感嘆の声を上げる。
最初、食べてもいいのかな? って聞くので、笑って当たり前だろと答えた。
「ああ、こんな綺麗な世界がさ、普通だったんだよなーって、目の洗濯した。
夢みたいだ、こんな綺麗でゆっくりした時間、ウソみたいだ。
こんな、ゆっくりしていていいのかな? ほんとに、ほんとに美味しい! 夢みたいだよ。」
「良かったな。また来ような。」
「ああ、牛肉なんて久しぶりだ。ソースも美味しい、残したら勿体ないよ。
これ、凄く手がかかってるよ。」
肉料理のソースまで綺麗にパンで拭いて食べる。
ヤギの食べた皿は洗ったように綺麗だ。
がっついてるなーって、思わず苦笑した。
「目の洗濯か~ 」
育ちのいいヤギは、ドーナツ食ってる時よりこう言うところが様になる。
自分は冷たいおにぎり食べながら、人に美味そうなホカホカの料理を運ぶのは、こいつにとってどれだけ苦行なんだろう。
「あら? 美里さんじゃなくて? 」
ヤギが驚いて顔を上げる。ここで知り合いに会うなんて思ってもいなかった。
「久しぶりね。あら、こんな所に来る余裕が出来たのね?
立派な服着て、支払いはちゃんとしてるの? あら? お母様にそっくりになったわ。」
ヤギがうつむき視線を巡らせる。
少し嫌な顔してナイフとフォークを置き、微笑みながら立ち上がって、椅子の横に立つと、一礼した。
叔母は、品定めのように頭からつま先まで見ている。
ヤギは貰ったもの総動員で、きちんとしてきて良かったと思った。
:淑子 叔母様、お久しぶりです。
滞りなく返済していますのでご心配なく。
少し落ち着きましたので、友人と旅行に参りました。ご心配おかけして申しわけありません。」
「そう、そんな余裕が出来たのね。今はどこに住んでいるの? 」
「今はまだ、叔母様にはとてもお見せ出来ないところです。
当てが出来たので、そろそろ出ようと思ってます。」
「そう、引っ越したら連絡頂戴。
別荘売りに出すんですって? 早く売れば?
どうせ住んでないんだし、あなたには別荘なんて贅沢よ。それにラクになるじゃない。」
「はいご心配おかけします。考え中です。」
「そう、じゃあね。会えて良かったわ。」
叔母の友人のような女性が手を上げる。
それに手を上げ返して、バッグから取り出したメモに携帯の番号を書いてヤギに渡した。
「私の携帯よ、正輝兄には絶対教えないで頂戴。アドレスに入れたら燃やして。じゃ。」
「はい、ありがとうございます。」
淑子は友人のところに戻ると、ため息を付いた。
こんなところで会うとは思わなかった。
でも、相変わらず綺麗な子、下の兄が狂う姿が見えるようだわ。お母様が美しい方だったから。
少し妬ましい気持ちもあって、冴えない顔で席に着く。
友人が、美里を見て淑子に声を潜めた。
「ステキな子じゃない、ホスト? 」
「違うわよ、例の騙された子。
ビックリしたわ、一緒に来てる子、確か友達の加害者よ? 何考えてるのかしら。
怨みの一つくらい言えばいいのに、あんなに親しそうにして、馬鹿みたい。」
「あら、ホストならすぐに借金返せたんじゃない? 凄い綺麗な子。何て店かしら? 」
「ホストでもやって返せば良かったのよ。連絡無いから調べさせてビックリしたわ。
ホームレスで公園に住んでたのよ。
あの顔でホームレスよ? 信じられない。
危ないから人使って支援住宅に入れたけど、まだそこにいるみたいよ。凄い古くて汚いところ。」
無理して随分いい格好してるけど、薄着で安っぽい靴、見栄張っても生活が見えるわ。
「それって、ひどくない? せめて住居くらい世話して上げればいいのに。」
「そりゃあ、アパートの保証人くらい、なってあげたかったわよ。
でもあの子、下の兄に小さい頃から目をつけられてるの。正直、関わりたくないわ。
親戚の誰か、世話してくれればいいのに。」
「まあ、冷たい叔母だこと。」
ため息付いて振り返る。
友人と楽しそうにしているし、別荘売るんだからきっと大丈夫だわ。
「別荘売るって言ってるから、大丈夫よ。」
「あら、資産持ってるなら大丈夫ね。」
気楽に友人は返してくる。
あの兄が居なければと、何度思っただろう。
美里が性虐待されていると知った時、当然警察に行くだろうと思っていたのに、上の兄は世間体を気にしてかとうとう行かなかった。
「あの兄、死んでくれればいいのに。」
淑子は1人つぶやいて、食事を続けた。
ミツミが身を乗り出して、淑子を見る。
「叔母さんって、あの? 」
「そ、借金の保証人。何度土下座したか覚えてないよ。
人使ってホームレス止めろって言うから、今の家、ボランティアに世話して貰った。」
「えっ?! なんで? ホームレス? 」
「だって、出て行けって言われたから。別荘は住もうにもあの辺、バイトなんかないし。
保証人頼める人いないからアパートも借りられなくて、身の回りの荷物だけ持って公園に住んでた。」
「何で、今、どこに住んでるんだ? 」
ヤギは黙って、返事しない。黙々と食べて、首を振った。まあ、外よりマシな程度なんだろう。
「なあ、うちに来いよ。」
ヤギが渋い顔になった。
きっと迷惑かける。叔父の顔が頭の隅から離れない。
「あの叔父さんだろ? 心配なのはさ。大丈夫だよ、今社長だぜ?
変なことしたら社会信用に傷が付くだろ? きっとそっちが怖いはずだよ。」
「いい…… 大丈夫だから。」
うつむいて、考えても楽観的なことは浮かばない。
電話の声が、今でも執着していることを表していた。
ともだちにシェアしよう!

