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第14話 汚れた靴

ああ、やってしまった。 なんか、どういうわけかミツミとキスまでしちゃって、2人とも何喋っていいのかわからなくなっちゃって。 バス停まで、なんか顔そらして目を合わせられなくなってしまった。 口にまだ感触残ってて、頭がカッカする。恥ずかしい。 あ、あ、愛してるなんて、言われてしまった。 どうしよう、お父さん。ミツミがね、ホントかな? でも、借金ある人に、好きなんて言われても困るって、別れた彼女には言われちゃったんだよ、お母さん。 そうだよね、当たり前だよ。 こんな自分が恋人になっても、お荷物にしかならないよね。 きっとすぐに破綻する。 歩きながら手を繋いでいいのか迷って、なんか気恥ずかしくて普通に歩いてたら、パッと手を繋いでくれた。 顔を見ると、ニッと笑う。 「手、繋いでないと、やっぱなんか心配。」 「えー、こんなとこまで、あいつ来ないさ。」 「叔母さん、いたじゃん。」 「あー、いたなー、やだなー、寒気する。」 肩をすぼめると、グイッと引き寄せられた。 丁度こちらに歩いてくる老婦人が、にっこり微笑みすれ違う。 「なんだろ、キモくないのかな? 」 「まあ、お前が女に見えたんだろ。」 なんだよそれー! ムッときて、パッと離れた。 「もう! 」僕がぐいぐいミツミの手を引いて、バス停に着く。 でも時間表見て、ミツミがため息付いた。 「バス、行っちゃったあとだなー 疲れたし、タクシー乗ろっか。」 「えー、勿体ないよ。」 「俺のおごり。」 「おごりばっかじゃん。」 「デートだからいいだろ? いいカッコさせろよ。」 「もう、いつの間にデートになったんだよ。」 プイッと顔を背けながら、手はしっかり繋いでるわけで。 なんかちょっと恥ずかしくなってきた。 と言うわけで、明るいうちに宿に戻り、せっかくなので温泉を楽しむことにした。 僕は久しぶりのタクシーにドキドキする。 メーターが、パッと上がるたびに心臓がギクッと一瞬止まった。 「ほら、着いた、ここだよ。」 先に下りてビックリした。 大きい、大きくて立派な旅館だ。 エントランスに乗り付ける車を見ると、外国車が停まってる。 ドアマンが出てきて、車から降ろしたスーツケースを運び出していた。 「ミツミ、これ違うよ、違う旅館だよ。」 「ここだよ、ほら、行こう。」 旅館は随分と、静かでゆったりした広さがあり、高級感に満ちている。 キョロキョロして思わず玄関先で立ち止まったけど、ミツミに引っ張られて入った。 「ミツミ、ここ、高いだろ? お金、足りないだろ? 」 ヤギは、なけなしの金一万五千円しか渡してない。 昼のコースだって、ほとんどミツミが払っていた。 「大丈夫だから、お前は座って待ってろ。 俺の預けたバック来てるかな? 聞いてみなきゃ。」 ロビーには外国人や、ブランドバッグの旅行者がひっそりと部屋への案内を待っている。 なんだか場違いな気がして、バッグ代わりの紙袋持って、端っこに隠れるようにうつむいて立った。 うつむくと、嫌でも汚れた安っぽい僕の靴が目に入る。 しまった。 しまった、先に靴を買えば良かった。 こんな身なりを、恥ずかしいと思う感覚が、すっかり麻痺してた。 恥ずかしい、どうしよう。 もっと安い、小さな旅館だと思ってたから油断した。 クルリと身を返して、壁を向いて立つ。 ミツミ、ミツミ、早く来て。 僕は死にそうだよ。まだ、死ぬのはまだなのに。 冷や汗が流れて、カウンターのミツミを見る。 部屋代は前払いで、ミツミはカードを渡して話していた。 俺、ミツミに恥かかせて、その上お金で無理させてる…… 何か、何かお礼をしなきゃ。でも、俺にお礼なんて何が出来るだろう。 「ヤギ、あれ? お前なんで壁向いてんの? 何やってんだよ、ほら、部屋行くぞ。」 「うん」 「お客様、お荷物お持ちします。」 「い、いや、僕のは…… 軽いので。」 ポーターに断り入れて、赤い顔で隠れるように後ろを付いていくと、ミツミが腰に手を回して来てハッとする。 「ほら、遅れると迷うよ。」 キョロキョロしながら一歩遅れると、ミツミが腰から手を外して手を握ってきた。 広い旅館だ、ロビーのある旧館は内装を最近変えたのか、絨毯も真新しく踏んだ感じがフカフカする。 靴でこんなフカフカした絨毯踏むなんて、いつだったろうか。 人の多いロビーを離れると、いい香りが漂ってきて、僕は少し落ち着いてきた。 「いい匂い…… 」 お香の香りが心地いい。 「ほら、お線香。ここはなんでもいい物使ってるんだ。」 白い煙に目をやると、洒落たお香立てが置いてある。ふと、両親の位牌を思い出す。 僕は、お父さんの法事を一度もしてなかった。 お坊様にお経を頼みたくても、お金に余裕がない。 だから時々実家にあったお経の本を、意味もわからず、ふってあるフリガナをつたなく読んでいた。 位牌はダンボールの上に並べて、時々花を買って飾った。 今まで大きな仏壇にいたのに、僕のせいでこんな事になって申し訳なくて。 でも、今の僕にはそれで精一杯だった。 別荘持っているので、生活保護も、破産も出来ない。 別荘が贅沢なのはわかってる。 住んでないのに、ただただ重荷になってる。 でも、別荘があるから僕は生きていられる。 今住んでるとこは酷いとこだけど、オーナーが保証人になってやるから、あんな所さっさと出ろって言ってくれた時は、嬉しくて心臓が止まりそうだった。 でも家を借りて、家賃払って、ちゃんと金は返せるのか不安しかない。 誰かに金を借りられたとしても、あのアパート出たら返せる金はガクンと減る。 正社員で普通に住んで普通にご飯食べて、普通に友達と遊んで、そんなラクして返せるの?   ああ……   ああ…… きっと、きっと、無理だ……   この地獄から抜け出す方法がわからない。 真っ黒な海に沈んで行く気分だ。   「ああやっぱりいい季節だ。ほら、綺麗だろ? 」   視界が、鮮やかなオレンジ色に染まった。 廊下を行くと、日本庭園が見渡せる回廊に出て、そこには美しく燃えるようなもみじが植えてあった。 「ほら、綺麗だろ?  ここはな、俺があの会社行って初めて関わった仕事なんだ。 ほら、ここからこの奥の建て替えをされて、山続きに日本庭園を造られたんだよ。 それ、お前に見せたかったんだ。今度は桜の季節に来ような。」 「うん」 ごめん、ミツミ。今度なんて、あるのかな。 僕は…… 僕は…… もう、 僕は…… 生きるのに疲れた。

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