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第17話 世間知らずだが、それがいい
風呂から上がり部屋に戻ると、ミツミが会社から電話来たと出て行った。
「忙しいんだな~、企業戦士って感じ。
ふふっ、カッコいいじゃん? 」
僕はお風呂で言われたことを思い出して、大きく息を付く。
窓から見る景色は、夕暮れで赤い空に庭園の紅葉が溶け込んで燃えるようだ。
「こんな綺麗な物ばかり見たら、あのアパートに帰るのが怖いな。」
ミツミにバレちゃったな。
お金、あいつに頼るしかないかな……
息を吐いて、せり上がる物に口を手で覆う。
怖い。あんな奴に犯されるなら死にたい。
怖くて、湯上がりなのに寒気がする。
タオルで口を覆って、嗚咽を漏らす。
彼が力になってくれても、何も変わらないような気がする。
しばらく泣いて、涙を拭いて鏡を見た。
赤い目に、タオルを冷たい水にひたして軽く絞ると目を冷やす。
ミツミに心配かけないようにしなきゃと思った。
チャイムが鳴って、ドアのカギを開けると、ミツミが入るなり僕を抱きしめた。
「どうしたの? 」
「ん、ちょっとこのまま。」
閉まるドアに、カギをかけてじっと抱き合う。
僕らは、もう互いを支え合う関係になってると思う。
でも、僕の比重が高い。高すぎる。
彼がいるなら、別荘を手放してもいいんじゃないか? っても思う。
でも、手放したとたん彼がまたいなくなったら?
不安と背中合わせで、何が正解なのかわからない。
「美里、金の都合、つくかもしれない。」
「え? 」
「今ね、返事待ちなんだ。」
「でも…… 」
「大丈夫、変なとこじゃないから。
返事待とう。それが駄目なら、また別のツテ探る。
この解決策探すまでの、銀行からの離脱の道を探す。
一方的にお前だけに圧力かかってる、今の状態はおかしい。
フェアにして、解決の糸口を探す。
その為に、借金の先を変えるって事だ。
そんで、借金は一緒に返そう。」
「で、でも! 」
「でもじゃ無い。いいか、俺はお前のナイトだ。
お前1人が苦しむなんて許せない。俺がきっかけ作ってしまった馬鹿野郎だ。
お前は何も引け目感じることなんか無い。
だいたいな、
普通なら、ボカボカ俺を殴ってるのが普通なんだぞ?
お前はな、本物のお坊ちゃまなんだよ。いまだにそれが抜けてない。
でも、それがお前のいいところだ。汚いところが一つも無い。
俺もお前のそんなところに惚れている。
いいか、
俺はお前のためなら何でもする。
だからな、俺は覚悟決めた。」
「覚悟? 」
「うん、お前のナイトとして動くって言うんだ。
お前は流されすぎなんだ、一つも逆らってない。
だから、俺はお前の財産、少しでも取り戻したい。
お前んとこ、契約の弁護士いたよな。
だいたいお前んちは資産家だったんだから、財産の管理契約してるはずなんだ。
なんて弁護士だった?
その、親父さん亡くなった時、貯金の残高が0だったってのがまずおかしいだろ?
友達の弁護士に話付けてきた。力になってくれる、きちんと調べてみるから。」
そんな事、無理だと思う。
今更取られたものを取り戻すなんて。
「え? うん。でも、亡くなる直前に契約は切れてるからって、言われたんだ。
口座の残高、全部訪ねたけど、株もお金もほとんど無くて、不動産の相続税払ったら、本当に無くなっちゃったんだよ。
お父さんの葬儀もお金かかって、仕切ってくれた親戚のおじさんが、思ったより御香典も少なかったって。
どんどんお金が出て行っちゃって。
僕は心まですり減りそうだった。」
ミツミが、僕の話を聞いていてなんだか目が据わってきた。
パンと、自分の額を叩いて僕の腕を掴んで中に引っ張って行く。
「いいからこっち来い、座って。話を聞かせてくれ。」
畳に座り込んで、僕から聞き取り、メモにやたら色々書き始める。
「その、おじさんって奴、どこ住んでる? 名前は? 」
「え? えと、ほら、昼に会った叔母様が知ってるよ。三田だったかな?
名前は…… アジアコンサルの副社長やってるよ。」
「よし、わかった。
お前、育ちが良すぎるんだよ。
何でもかんでも人のこと信じるんじゃない。
あの、人のいい親父さんが亡くなって、香典が集まらないわけないだろ。
現金と、株と、香典。あと金目のものなんだ? 」
ンーと、考える。そう言えば、ちょっと違和感あったことも話しておこう。
「そう言えば、居間にあった魁夷の絵が無くなってたんだ。
母さんの部屋の、シャガールのリトグラフも無くなってた。
あと、お父さんの部屋の、マイセンのフィギュリン。貴婦人と天使が4人くらいいたんだけど。
お金が無くて、父さんが売ったのかと思ったけど、今思えば…… 」
ミツミの顎が、ガクンと落ちた。
「売ってねえよ! 何だよ、お前はっ! なんでそんなに金目の物無くなってわかんねぇんだよ!
魁夷の絵なんて一枚あれば、お前の借金返しておつりが来るんだぞ?! 」
「だって! お父さん亡くなる前は会社の寮にいたんだもん!
わかんないよっ! 」
「会社の寮? なんでそんなとこ入ったんだよ。」
「新入社員は2年、寮で暮らせって言われたんだ。
でも父さん亡くなって家に誰もいないから、特例で帰った。そしてミツミと会ったんだ。」
「あー、そう言う会社あるよなー 」
2人、脱力して、無くなったものの大きさに呆然とする。
パタンと、メモを閉じた。
「一つ、一つ解決していくか。
絵は盗難届だそうにも家が無いし、本当におじさんが手放したってんならどうしようもないし。
持ち主がわかる何かがあればいいけど。」
「そう言えば、時々美術館に貸し出してたなぁ。文化庁に登録してあるって。
あれはどうなってるんだろう。」
「ふうん…… 金持ちの都合はわかんねえなあ。後で調べる。
でも意外と、そういうもので相続税かかったのかもしれんなあ。高かっただろ、よく払えたなあ。」
「だからさ、家売ったじゃん。ほんとに助かったんだって。」
ミツミが大きくため息付いて、うつむいたままギュッと僕の手を握る。
僕はその手を両手で包み込んだ。
2人で縁側の椅子に座って外の庭の景色を楽しむ。
ヤギは風呂で少し疲れたのか、うとうとし始めた。
ミツミの携帯が鳴って、さっきの返事が来た。
頼む、たのよ。
俺は願うように手を合わせて電話を取った。
「ああ、大丈夫だよ。で?
ホントに? そうか、良かった。ありがとうございます。
うん、うん、はい。じゃ、また。挨拶に行きますから。」
電話を切って、ホッとする。
ああ、良かった。
コンコン
ノックの音がして、仲居さんが食事の用意に来た。
ふすまの閉じた隣の部屋に、食事が手際よく運ばれる。
そうして、食事の時間になった。
ヤギは凄い凄いとずっと驚いて、仲居さんにクスクス笑われている。
懐石料理なんて何年ぶりで食べるヤギは、まるで宝石のようだと目をキラキラ輝かせて、妙に可愛い。
「勿体ないよ、全部食べるの~ 」
「いいから食え! 」
ちびちび食べては感嘆の吐息とか、全然食事が進まないから困る。
ヤギの前にはお皿がどんどん詰まってきて、まるで皇帝のようだ。
「仲居さんに迷惑かけるなよ。」
「うん、味わって食うから。美味しい~」
笑顔が可愛いんだよ、めっちゃ眼福じゃん。
可愛い、可愛い、エロい。
食事しながら、俺は日本酒、ヤギは一杯だけ薄い梅酒にした。
小さく乾杯すると、くいっと飲み干す。
ヤギは、ビックリするほど真っ赤になって、暑い暑いと着物をはだけて行った。
ヤバいヤバい、仲居さん来るんだぞ、なんか俺が脱がせたみたいじゃん!
「コラコラ脱ぐな、仲居さんが来るだろ!
なんでたったこれだけでゆだっちゃうんだよ。」
「暑いんだもん、ちょっとだけ、ちょっとだけ~ 」
脱ごうとするヤギに、はだけた着物を横から掴む。
酔って乱れた姿がエロすぎる。
「ダメダメ、ちょっ…… 駄目だってば! 」
「ミツミ~~ みぃつみぃ〜〜 ねえ、大好きだってば~~ 」
「失礼します。」
ミツミが慌てて、ヤギの着物を合わせ、ニッコリお辞儀した。
仲居さんは、見ない振りでさっさと仕事をしている。強い。
「お暑うございましたら、空調の温度お下げしましょうか? 」
「お願いします。」
仲居さんは、1度下げて、楚々と部屋を後にした。
あああああ、絶対なんか誤解された。
まあ、いいや。
どうせ俺達ゲイ夫婦だと認識されてると思う。
「ほら水飲め、水。お前、酒弱いんだな。」
「んー、なんでだろ。」
食べ終わると、トロンとまどろみ横になる。
ヤギが気持ちよく眠ってしまったので、片付けに来た仲居さんに妙に気を使わせてしまった。
チップを心付け渡そうとしたが、やんわり断られた。
俺としては、受け取ってくれた方が助かるんだよー!
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