19 / 33

第19話 こんなに世界は綺麗だったんだ

抱きしめて、畳に倒れたまま力を込める。 今、この腕から逃したら美里は窓から飛び降りてしまう。 絶対に、絶対に、離してはいけないのだと、ミツミはもがく美里を必死で抱きしめた。 「死ぬ! 死んだ方がマシだ! 離せ! 」 「聞いてくれ! 親父は! 無理をしてるわけじゃない! 贅沢しなかっただけだと言ったんだ。 あのタワマン見るたびに、お前に申し訳なかったと。」 「嫌だ! 嫌だ! 巻き込むくらいなら死んだ方がマシだ! 」 「頼むから! 頼むから聞いてくれ! 俺が! 家追い出されて、帰ってくるなと言われた時、お前を見つけたら必ず連絡しろと言ってくれた!  親父の気持ちをわかってくれ! ……頼む。」 ようやく、美里が抗うのを止めた。 「俺の家は普通のサラリーマンで、一戸建てだが普通の家だ。 親父の給料だって破格じゃ無い。 だけど、親父たちはコツコツ貯めててくれたんだ。 もしお前がいまだに金に困ってたら、出来るだけのことしたいって。 でも元は俺の責任でもある。 だから、そんな負い目感じさせてしまった親父たちに金を返すのは、俺の債務だ。 だから、お前はそんな顔するな。 すまなかった。あの事件のあと、ずっとお前1人にして、すまなかった。 俺はお前を1人にしたことずっと後悔してた。 これからは俺と一緒に協力しよう。 だから、死ぬな! 」 はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、 ヤギの乱れた息が激しく波打つ。 「届いてくれ、親父の思い。 俺が就職した時は一流企業の子会社で、あれだけ就職に喜んでくれたのに。 やらかした息子の後始末まで気を使わせちまった。 あんなとこに就職したばかりに、いや、あの時の俺もそうなんだ、世間知らずでまわりの言葉を全部鵜呑みにしてた。 お前は俺を信じて託してくれたのに。 悪かった。本当にごめん。 俺は一緒にいて、ずっと力になるべきだった。 でも、あの頃マスコミからの電話が凄くて、電話の電源入れられなかったんだ。 町を歩けば追いかけられて、部屋から一歩も出る気がしなかった。 でも、そんな事、何の言い訳にもならない。 お前とは、お前だけとは、連絡付けるべきだった。 本当にすまなかった。」 「うっ、うっ、うっ、うっ、うっ、あああああ、うわああああん! あああああんああーーーわあああああ! 」 ヤギが泣きながら俺の胸に抱きついて、心の中の澱んだもの吐き出すようにワンワン泣いていた。 俺は抱きしめて、泣かせたいだけ泣かせて受け止める。 俺は、気がつくと俺も泣いていた。 ずっと、ずっと、1人でどうしているか、きっと親戚の誰かが力になってくれているはずだ。 自分に言い聞かせるように、ただそれを願ってた。 1人にしてすまなかった。 俺の心にあったのは、その言葉だったんだと、ようやく気がついた。 「1人にしてごめんな。 もう2度とお前を1人にしないから。 美里、これから一緒に暮らそう。 一緒に暮らして、一緒に考えて、一緒に答えを出そう。」 泣いて泣いて真っ赤な顔で、美里が顔を上げると涙でグチャグチャの顔で小さくうなずいた。 「健人、もう、ひっく、ひいっく、ひっく、1人にしちゃ、やだ。 ひっく、ひいっく 」 「美里を1人にしないと誓います。」 「うん、ウソついたら、ひいっく、飛び降りる。」 「だからー、簡単に死んじゃ駄目って! な? 」 「うん、死なない。だからキスして。うっ、うっ、あ、やっぱまだ駄目。 うっ、うーーー えっえっ、やっぱまだ泣きたーーいいーー 」 「泣け泣け、夜は長い。」 苦笑して、涙をペロリとなめる。 ホッとして、泣き止むまで、じっと胸に抱いたまま頭を撫でていた。 ヤギがやっと泣き止んで、息がととのってきた。 顔上げて、思い切り泣いた顔は涙でグチャグチャ、髪は振り乱してた。 「あーー・・ なんかすっきりした。こんなに激しいの、久しぶりすぎる。」 「また風呂行くか。なんか冷や汗とかでびっしょりだな。」 「うん、ひっく、うん、替えの浴衣、もらおうかな。」 「そうだな、顔洗ってこいよ。目が真っ赤だ。」 「うん、うん、顔洗ってくる。」 ポンポン頭を撫でると、美里が苦笑して立ち上がった。 涙ゴシゴシ拭いて、大きく息を付く。 「あれ? 」 前を見て声上げて、キョロキョロまわり見回して、また窓に向かうので慌てて引き留めた。 「ちょ、ちょ、待て待て! どうしたんだよ。」 「なんか、目がおかしいんだ。」 「え? 目が? どうおかしいんだ? 」 「なんか、世の中が3倍明るく見える。」 「ええっ?? 」 2人で並んで窓を開けて庭を眺める。 美里が初めて見たように、ワッと感嘆の声を上げた。 「なんでだろう、全然違う! 凄い! 綺麗だ! なんて、なんて、庭が、星空が綺麗なんだろう。 なんて凄い! 綺麗なんだろう。 ああ、本当に、なんて美しさなんだろう。 こんなに世界は綺麗だったんだ!」 美里が、キラキラした目で俺を見て笑った。 俺は、生涯その顔を忘れないと思う。 凄く、生き生きして、綺麗だった。 美里は、やっと解放されたんだ。 ああ、良かった。 良かった。 ああ、美里! 好きだ! お前と出会えて良かった! 「ねえ、凄く綺麗だね! なんでだろう、さっきより10倍綺麗に見えるんだ! 」 はしゃぐように、庭を指さして笑った。 「いやいや〜、全然負けてるだろ〜? 」 苦笑して美里の手を握る。 「え〜? 何に? 」 「お前の方が千倍綺麗だ。」 ポカンとして、プッと吹き出し笑った。 「何言ってんだよ、ミツミのバーカ! 」 ドスンと脇腹に肘が来た。 痛い、痛いけどうれしい! 「ああ、あと、これは言っとかなきゃ。 俺のマンション、あと20年ローンが残ってるから。」 「マンション? マンション買ったの? それは大事だね。ミツミも借金もちだったのか〜」 「まあな、新築マンション、頑張って探したんだぜ? 買えるとこ探したら千葉になったけど。 まあ、千葉の端っこだから東京住んでるのと変わりない。 若い時に買っとかなきゃ、家だけは。 俺はのんびり返せる額さ、お前みたいに無理してない。 親父には、今度の日曜、一緒に頭下げに行こうな。」 「うん、お父様とお母様にはお礼言わなきゃ。」 「わー、様付けちゃうのか、俺の親父と母ちゃんに。」 「んー、様付けちゃうねえ、僕はそうやって生きて来たから。」 「お坊ちゃま〜 」 「うるさい。風呂行くよ! 」 「はいはい」 部屋を出る前に、乱れた着物を直し始めたヤギを、ミツミが横でじっと見る。 腰紐口にくわえ、あわせをパッと開いた一瞬全裸が見えた。 えっ?! マジかよ、下に何も着てねえじゃん。 思わず、ミツミが唇をなめた。 それをチラリと見て、腰紐結びながらヤギがドスンと蹴ってくる。 「やらしい、おっさん。肉食過ぎるだろ。」 「お前さ、なんで下着着ないの? すっぽんぽんじゃん。」 「いいんだよ。うっさい。」 「え〜? 普段はパンツはいてるんだろうな。」 「着物の時は肌襦袢だけ。」 シュッシュッ、手際よく自分で帯閉めて、結び目後ろに回す。 「せめてパンツ履いて。」 「やーだ! 行こう!」 いや、嫌とかそう言う話じゃないだろ。 男なのに、ノーパンって、 止めてくれよ! 男のノーパンとか、 ……マジかよ! ポジ、気にならないのかよ! 「ミツミ! 何してんの?  行くよ! 」 「いや、行くよじゃなくて、 ヤバいだろ! 」 ヤギが急に元気になって先を行くと、ミツミは急にヤギのお尻が気になり、抱き寄せて後ろを守る。 なんだか心配が増えたミツミだったが、2人は大浴場へと楽しそうに歩き出した。

ともだちにシェアしよう!