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第19話 こんなに世界は綺麗だったんだ
抱きしめて、畳に倒れたまま力を込める。
今、この腕から逃したら美里は窓から飛び降りてしまう。
絶対に、絶対に、離してはいけないのだと、ミツミはもがく美里を必死で抱きしめた。
「死ぬ! 死んだ方がマシだ! 離せ! 」
「聞いてくれ! 親父は! 無理をしてるわけじゃない!
贅沢しなかっただけだと言ったんだ。
あのタワマン見るたびに、お前に申し訳なかったと。」
「嫌だ! 嫌だ! 巻き込むくらいなら死んだ方がマシだ! 」
「頼むから! 頼むから聞いてくれ!
俺が! 家追い出されて、帰ってくるなと言われた時、お前を見つけたら必ず連絡しろと言ってくれた!
親父の気持ちをわかってくれ!
……頼む。」
ようやく、美里が抗うのを止めた。
「俺の家は普通のサラリーマンで、一戸建てだが普通の家だ。
親父の給料だって破格じゃ無い。
だけど、親父たちはコツコツ貯めててくれたんだ。
もしお前がいまだに金に困ってたら、出来るだけのことしたいって。
でも元は俺の責任でもある。
だから、そんな負い目感じさせてしまった親父たちに金を返すのは、俺の債務だ。
だから、お前はそんな顔するな。
すまなかった。あの事件のあと、ずっとお前1人にして、すまなかった。
俺はお前を1人にしたことずっと後悔してた。
これからは俺と一緒に協力しよう。
だから、死ぬな! 」
はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、
ヤギの乱れた息が激しく波打つ。
「届いてくれ、親父の思い。
俺が就職した時は一流企業の子会社で、あれだけ就職に喜んでくれたのに。
やらかした息子の後始末まで気を使わせちまった。
あんなとこに就職したばかりに、いや、あの時の俺もそうなんだ、世間知らずでまわりの言葉を全部鵜呑みにしてた。
お前は俺を信じて託してくれたのに。
悪かった。本当にごめん。
俺は一緒にいて、ずっと力になるべきだった。
でも、あの頃マスコミからの電話が凄くて、電話の電源入れられなかったんだ。
町を歩けば追いかけられて、部屋から一歩も出る気がしなかった。
でも、そんな事、何の言い訳にもならない。
お前とは、お前だけとは、連絡付けるべきだった。
本当にすまなかった。」
「うっ、うっ、うっ、うっ、うっ、あああああ、うわああああん!
あああああんああーーーわあああああ! 」
ヤギが泣きながら俺の胸に抱きついて、心の中の澱んだもの吐き出すようにワンワン泣いていた。
俺は抱きしめて、泣かせたいだけ泣かせて受け止める。
俺は、気がつくと俺も泣いていた。
ずっと、ずっと、1人でどうしているか、きっと親戚の誰かが力になってくれているはずだ。
自分に言い聞かせるように、ただそれを願ってた。
1人にしてすまなかった。
俺の心にあったのは、その言葉だったんだと、ようやく気がついた。
「1人にしてごめんな。
もう2度とお前を1人にしないから。
美里、これから一緒に暮らそう。
一緒に暮らして、一緒に考えて、一緒に答えを出そう。」
泣いて泣いて真っ赤な顔で、美里が顔を上げると涙でグチャグチャの顔で小さくうなずいた。
「健人、もう、ひっく、ひいっく、ひっく、1人にしちゃ、やだ。
ひっく、ひいっく 」
「美里を1人にしないと誓います。」
「うん、ウソついたら、ひいっく、飛び降りる。」
「だからー、簡単に死んじゃ駄目って! な? 」
「うん、死なない。だからキスして。うっ、うっ、あ、やっぱまだ駄目。
うっ、うーーー えっえっ、やっぱまだ泣きたーーいいーー 」
「泣け泣け、夜は長い。」
苦笑して、涙をペロリとなめる。
ホッとして、泣き止むまで、じっと胸に抱いたまま頭を撫でていた。
ヤギがやっと泣き止んで、息がととのってきた。
顔上げて、思い切り泣いた顔は涙でグチャグチャ、髪は振り乱してた。
「あーー・・ なんかすっきりした。こんなに激しいの、久しぶりすぎる。」
「また風呂行くか。なんか冷や汗とかでびっしょりだな。」
「うん、ひっく、うん、替えの浴衣、もらおうかな。」
「そうだな、顔洗ってこいよ。目が真っ赤だ。」
「うん、うん、顔洗ってくる。」
ポンポン頭を撫でると、美里が苦笑して立ち上がった。
涙ゴシゴシ拭いて、大きく息を付く。
「あれ? 」
前を見て声上げて、キョロキョロまわり見回して、また窓に向かうので慌てて引き留めた。
「ちょ、ちょ、待て待て! どうしたんだよ。」
「なんか、目がおかしいんだ。」
「え? 目が? どうおかしいんだ? 」
「なんか、世の中が3倍明るく見える。」
「ええっ?? 」
2人で並んで窓を開けて庭を眺める。
美里が初めて見たように、ワッと感嘆の声を上げた。
「なんでだろう、全然違う! 凄い!
綺麗だ! なんて、なんて、庭が、星空が綺麗なんだろう。
なんて凄い! 綺麗なんだろう。
ああ、本当に、なんて美しさなんだろう。
こんなに世界は綺麗だったんだ!」
美里が、キラキラした目で俺を見て笑った。
俺は、生涯その顔を忘れないと思う。
凄く、生き生きして、綺麗だった。
美里は、やっと解放されたんだ。
ああ、良かった。
良かった。
ああ、美里! 好きだ! お前と出会えて良かった!
「ねえ、凄く綺麗だね! なんでだろう、さっきより10倍綺麗に見えるんだ! 」
はしゃぐように、庭を指さして笑った。
「いやいや〜、全然負けてるだろ〜? 」
苦笑して美里の手を握る。
「え〜? 何に? 」
「お前の方が千倍綺麗だ。」
ポカンとして、プッと吹き出し笑った。
「何言ってんだよ、ミツミのバーカ! 」
ドスンと脇腹に肘が来た。
痛い、痛いけどうれしい!
「ああ、あと、これは言っとかなきゃ。
俺のマンション、あと20年ローンが残ってるから。」
「マンション? マンション買ったの? それは大事だね。ミツミも借金もちだったのか〜」
「まあな、新築マンション、頑張って探したんだぜ?
買えるとこ探したら千葉になったけど。
まあ、千葉の端っこだから東京住んでるのと変わりない。
若い時に買っとかなきゃ、家だけは。
俺はのんびり返せる額さ、お前みたいに無理してない。
親父には、今度の日曜、一緒に頭下げに行こうな。」
「うん、お父様とお母様にはお礼言わなきゃ。」
「わー、様付けちゃうのか、俺の親父と母ちゃんに。」
「んー、様付けちゃうねえ、僕はそうやって生きて来たから。」
「お坊ちゃま〜 」
「うるさい。風呂行くよ! 」
「はいはい」
部屋を出る前に、乱れた着物を直し始めたヤギを、ミツミが横でじっと見る。
腰紐口にくわえ、あわせをパッと開いた一瞬全裸が見えた。
えっ?! マジかよ、下に何も着てねえじゃん。
思わず、ミツミが唇をなめた。
それをチラリと見て、腰紐結びながらヤギがドスンと蹴ってくる。
「やらしい、おっさん。肉食過ぎるだろ。」
「お前さ、なんで下着着ないの? すっぽんぽんじゃん。」
「いいんだよ。うっさい。」
「え〜? 普段はパンツはいてるんだろうな。」
「着物の時は肌襦袢だけ。」
シュッシュッ、手際よく自分で帯閉めて、結び目後ろに回す。
「せめてパンツ履いて。」
「やーだ! 行こう!」
いや、嫌とかそう言う話じゃないだろ。
男なのに、ノーパンって、 止めてくれよ!
男のノーパンとか、 ……マジかよ! ポジ、気にならないのかよ!
「ミツミ! 何してんの? 行くよ! 」
「いや、行くよじゃなくて、 ヤバいだろ! 」
ヤギが急に元気になって先を行くと、ミツミは急にヤギのお尻が気になり、抱き寄せて後ろを守る。
なんだか心配が増えたミツミだったが、2人は大浴場へと楽しそうに歩き出した。
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