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第25話 夢のような時間が終わる

 翌日、なんだか、暗いうちに目が覚めてしまった。 長時間熟睡するのに、まだ不安が残ってる。 ミツミはまだいびきかいて寝てる。 天井向いてため息をついた。 朝食は8時だったな。 贅沢な時間は、もうすぐ終わる。 いや、そうだ、もう普通に暮らせるんだった! あのアパートの生活も終わるんだ。 そっと起きて、もう一度風呂に行きたいと思って大浴場に向かった。 なんかまだ、お尻に違和感あるけど、痛みはないみたいだ。良かった。 エレベーターを待ってると、ミツミもボッサボサの頭で追いかけてくる。 「あーーーー、なんか百倍よく寝た。」 大きなあくびして、ドスンとヤギの肩に負ぶさってくる。 「重い重ーい、ほら、目覚めに丁度いいじゃない。」 腕組んで引っ張って、浴場に行って入ると、意外と人が少ない。 見るとサウナに数人入っていた。 「朝からサウナか~、元気だねえ。」 「俺も入りたいけど、時間が無ーい。」 「まあ、また来ようよ。お金貯めてさ。」 「いいね、いいねー、また来よう! よし、今度は二泊目指すぞ! 」 「ちょーしのりすぎー」 軽く身体洗って鏡を見ると、ポツポツと身体が赤い。 何だろうとのぞき込むと、ミツミの行為がまざまざと思い出された。 これ!キスマークじゃん! 昨夜の余韻のように身体のあちらこちらにキスマークがある。 「ギャッ! 」 ヤバいヤバいヤバい! ミツミは知らんぷりで、顔洗ってる。 まわりを見回すと、薄暗いから大丈夫とは思う。 みんなサウナだし。 うわああああああ! 恥ずかしいいい!! 「朝日見えるから、露天風呂行こうぜ。」 ミツミは平気で手を引っ張って行く。 ヤギは苦笑して、タオルまいてなんとか隠した。  朝食を食べて、帰り支度して最後に忘れ物無いか部屋をチェックする。 ミツミが食べかけのおつまみそのままだったので、片付けてビニールに入れながら、ブツクサぼやいた。 「もう、何でもかんでも開けちゃって、ちょっとしか食べないんだから! 」 「だって、どんな味か知りたいんだもん。」 「もう! こんなに散らかしちゃって。これは、躾けが必要だね。」 「こわ〜い」 荷物持って靴を出すと、なんだかギャップにガッカリする。 諦めて履いていると、ミツミがポンと背を叩いた。 「駅前の並びに靴屋あるってさ。もう空いてるだろ、行ってみよう。」 「うん、でもあまり持ち合わせないんだ。」 「バーカ、気に入ったのあったら、プレゼントするよ。」 「う…… ん 」 でも、でも、あなたにばかり負担かけてる。 僕はそれが…… 「姫のために、汗水流して得る報酬を使うは騎士の誉れ。 どうぞ、あなたのおみ足に相応しい靴をお選びくださいませ。」 胸に手を当て、仰々しくお辞儀する。 僕はプウッと吹き出し、ピョンと腕に飛びついた。 「では、お礼は何がよろしいかしら。」 「それはもちろん今夜ベッドで。」 またかよ! 「ちょーしのるな! 」 ボスッと腹に一発決めた。 腹をさすって、ミツミが悲愴な顔する。 「してねって言ったじゃん! 」 「チンチン小さくして言え!  身体中キスマーク付けやがって、死ぬほど恥ずかしかったんだからな!」 「え〜〜 そりゃあ無理だよ〜 」 困った子犬みたいな顔でぼやくミツミを置いて、部屋を出てさっさと歩き出す。 くふっ 可愛いよな、ミツミって。 慌てて追いかけてくると、ボスッと肩に手が乗ってきた。 見上げると、ニイッと笑う。 まったく、一晩でこいつと友達以上の関係になっちゃったけどさ。 マジで身体の関係になるとは思わなかったんだけど。 ま、旅の恥は掻き捨てで。 ポスッともたれて彼の手の中にすっぽり収まる。 僕らは庭を散策して帰るつもりだったけど、早々にチェックアウトして、駅前通りの店でミツミは僕の靴を買ってくれた。 とてもステキな靴。 僕はそれで、ようやく安心して君と並んで歩けるような気がした。  駅に入ると、チケットは有るので、またグリーン席を買った。 ヤギは勿体ないって言うけど、人の目を気にしたくない。二人の時間を大切にしたい。 「ウソみたいだ。」 「なにが? 」 ヤギが嬉しそうに、持ってきた食べかけのおつまみつまむ。 いか焼きペロリとなめる仕草が何とも言えず、キスしたい気持ちがムラムラしてくる。 「だって、来る時は最悪だったからさ。 帰りがこんなに楽しく帰れるなんて思わなかったよ。」 「もう、物騒なこと考えるな。俺の心臓に悪い。」 いか焼き握る手を握り、横から手をペロリとなめる。 「僕の手はいか焼きじゃ無いんですけど~」 「あー、美味そうだったから間違えた。」 「もう…… ありがとう、ミツミ。」 「何言ってんの。元はと言えば巻き込んだの俺だし、一緒に払うの当たり前じゃねってもんよ。気にするな。」 「うん。」 ヤギが、いか焼きくわえてミツミにもたれかかる。 裂いてモグモグしながら、彼の腕を抱いた。 心から安心出来る時間が来るなんて、いまだに信じられない。 ヤギは旅行に来て良かったと思う。 「ミツミの家、楽しみだな。」 「お掃除要員、頼むぜ。 物が少なくて、お前の家と大差ないかもしれん。家に一人でいると、滅入るからほとんど外出してたんだ。 お前が来てくれると、ほんと助かるよ。」 「寂しがり屋さんだなあ。」 「うるせー、でもこれからは一人じゃない。お、お前がいるから。」 クスッと笑って、指先にチュッとキスすると、それをミツミの唇に当てる。 「わー、エッチ。」 「これからよろしくねの挨拶。」 か~わいい~~ ポッと顔を赤らめて目尻が下がる。 あー、グリーン車にしてて良かった。 こう言うの、百年越しの恋が実るって奴か。 失敗もしたけど、取り返せればいいな。 来る時とは打って変わって明るい表情のヤギに心がラクになる。 あと片付けなければならない問題も、二人で向かえばきっと開ける道があるさ。 俺達はまるで、修学旅行のように楽しく会話を交わしながら、帰途についた。

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