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第26話 アンダーパス

 駅につくと、約束の西口に向かう。 「うー、さむっ! 」 ヤギが寒そうに腕を組んでくる。 車内は暖房効いていたので、外に出ると寒風が肌に染みる。 「なんか今日は冷えるな、風邪引くなよ。」 「うん、やっぱコート着てても、中がシャツ一枚だからね。」 「お前なら昔の服、入るだろ? いいの持ってたじゃないか。」 「うん、持ってたけどさ、だいたいお金に換えちゃったんだよね。 父さんとお母さんのはあるけどね。勿体なくて、あのアパート盗まれるし。」 「そうか。じゃあ、服、買わなきゃな。明日行くか。」 「いいね、行っちゃおう。うふふ…… 」 「あいつ遅いなー」 近くに八田の車は見えない。シルバーのアウディだからすぐわかる。 「来るだろうから待ってるよ。 じゃあそうだな。3時半にあのドーナツ屋。で、いい? 何取りに行くんだ? 」 「うん、お父さんとお母さんの位牌くらいかな。あとはゴミの日に捨てに行く。 じゃあ荷物取ってきたら、その辺で時間潰すよ。」 ミツミの腕から手を放し、じゃあねとヤギが歩き始めた。 えー、ここからアパートって遠いんじゃ? 「おい、タクシーで行けよ、ほら、お金。」 「いらなーい! 戻ったら3時半だよ! 」 「気を付けろよー、俺も急ぐから。」 手を振ると、手を振り返しポケットに手を入れ歩き出す。 ほんとに貧乏性だから。 ため息付いて、何気なく見ると、駐車場から真っ黒の高級車がゆっくりと出て行った。 妙にゆっくり走るから、気になって目で追う。 なんだろう、あの車。まさか…… いや、でも社長は2時に会社で面会するはずだし。西口で待つなんて知らないはずだ。 小さくなるヤギの背中を目で追う。 ヤギは角を曲がって、見えなくなった。 あの先は… アンダーパスだ。 会社は、西口から近い。ならば、西口で待ち合わせするのは、容易に想像出来る。 でも、電車の時間まで知らないはずだ。 ミツミが、知らず歩き出した。 歩く速さが不安と共に早くなる。 黒い車の行き先を見る。 ウインカーも上げず、アンダーパスへと曲がった。 「 ヤバい! 」 血が下がる思いで荷物を植え込みに放り出し駆け出す。 だが、全速で走っても追いつかない。 ガタタンガタタンガタタン ハア、ハア、ハア、ハア、ハア ヤバい! 止めてくれ! ウソだろ?! プアーーンッ ガタタンガタタン 「 ギャッ 」ドサンッ! アンダーパスで、悲鳴が反響する。 ガタタンガタタンガタタンガタタンガタタン その道に出ると、男が、黒い車の横で倒れたヤギの腕を掴み、立っていた。 男はミツミに気がついて、後部座席にヤギを放り込む。 「 美里! 美里ーーっ!! 」 電車の音が声をかき消し、ミツミの叫びが塗りつぶされた。 車のドア下から、ヤギの片足が伸びる。 ピクリとも動かないそれを掴み、乱暴に押し込むとドアを閉めて男が運転席へと回った。 「この野郎! 谷木、谷木正輝!! 」 必死で駆けてくるミツミに不気味に笑うと、車に乗って走り出す。 「泥棒! 人さらい! 」 車はアンダーパスを出ると角を曲がり、スピードを上げた。 ガタタンガタタンガタタンガタタンガタタン ガタタンガタタンガタタンガタタンガタタン うるさい、うるさいうるさい! 助けてくれ! 誰か助けてくれ! 車を追って、角を曲がり走る。 「 待てーーー ! 」 駄目だ、駄目だ、追いつかない! どちらへ走ったか、目で追う。その先は…… わからない、もうわからない! 「あっ、あっ、あっ、あーーーーーーーーーっ!! 」 声の限り叫び声を上げ、その場に崩れ落ちた。 胸のシャツを握りしめ、恐怖で手が震える。胸をナイフでえぐられたように痛い。 嗚咽をこぼし、その場に伏して頭をかきむしった。 「手を、手を離した一瞬で、 手を、なんで離したんだ! 俺は! 手を! 俺は! 美里ッ!! 」 周りを見ても誰もいない。 アンダーパスにヨロヨロと戻ると、美里の荷物が散乱し、買ってやった本が破れ、突風に開いてバタバタとページがめくれる。 どうしよう、どうする? 警察を…… ガタガタ震える手でスマホを握る。 でも、あいつは叔父だ。 迎えに来たと言われたら事件にもならない。 あいつは頭がいい。 あれだけ美里を追い込んで、それでも警察に掴まったことさえ無い。 卒倒しそうだ、一体どこを探していいのかもわからない。 自宅なのか? でも、自宅の場所なんて 立ち上がり、あいつが走り去った方向を見る。この先に、一体何万人が住んでるって言うんだ! 絶望的な気分を抱え、ヤギの荷物を拾い袋に入れて引き返す。 そうか、八田なら自宅も知っているはずだ。 どうか、どうか知っていてくれ! 表通りに急ぎたいのに、走り出そうとするとガクンと膝が折れてつんのめった。 恐ろしくて、腰が抜けた様に力が入らない。 息が奇妙なほど上がって過呼吸だ。 ハッ、 ハッ、 ハッ 怖い。 怖い。 怖い 「落ち着け、落ち着け、ミツミ。 殺されるわけじゃない。殺されるわけじゃ」 「お兄さん、荷物、あなたのじゃないの?」 足を引きずって駅前通りに出ると、通りがかりの年配の女性が植え込みに放り投げたバッグを取ってくれた。 「大丈夫? 具合悪そうよ、真っ青。」 大きく息を吸って吐くと、顔を上げた。 「大丈夫です、ありがとう。」 ミツミは、顔を上げて礼を言うと、西口正面に歩いて行く。 軽くクラクションを鳴らし、シルバーのアウディが止まった。

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