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第27話 愛人契約

アウディが止まり、八田が中から手を上げる。 フラフラして近づき、ボンネットに手をついて息を付いた。 「すまない、事故に引っかかって遅れた。 どうした? 何かあったのか? 」 俺はバッグを後部座席に放り込み、助手席に乗り込んだ。 遅れてきて正解かもしれない。 あの場にいなかったら、美里がさらわれたことにさえ気付けなかっただろう。 「あいつがさらわれたんだ。あの叔父に。」 「叔父って、社長? さらわれた? 」 「自宅、知らないか? 」 「ちょっと待てよ、今から会うんだぜ? 会社にいるはずだろ? 」 「だといいけどな。俺はハメられたんだ。」 「なに馬鹿な事、公私混同する人じゃ… 」 ガッと、横から襟首掴む。 恐ろしいほどの顔で、八田に吐き捨てた。 「あいつの怖さをお前は知らないんだ! 今、美里がどんな目にあってるかなんて、俺は考えたくない。考えたく、ないんだ。」 バッと手を離し、頭をかきむしる。 泣くより今は恐怖しか無い。 美里の身体にこれ見よがしに残したキスマーク。 あれを見たら、どれだけ逆上するだろう。 昨夜俺達が、俺が何をしたか、美里がそれを許したかが一目でわかる。 逆上して、暴力を振るうかも…… きっと殴る。殺されるかもしれない。 やりかねない奴なんだ。 「本当に、社長だったのか? とにかく、会社に行ってみよう。」 八田が車を出す。 「違う、会社とは別の方向に行ったんだ。」 八田が無言で会社に向かう。 いつも停めてある場所に車がないという。一応中に入って聞きに行った。 複合ビルなので玄関は開いてる。警備員に聞くと電話で確認してくれた。 叔父の会社は休日で誰もいないという。 「やっぱり。自宅知ってるか? 」 「知ってるけど、奥さんと奥さんの家族いる所に、失神した男を持ち込むか? 」 「ホテルじゃ探しようがないじゃないか。」 ミツミが車に乗るなり、頭を抱えて顔を覆う。 「何で俺は、手を離したんだろう。 一緒に連れて行けば良かった。人の目のあるところで、待つように言えば良かった。 なんで、あの時間に西口にいること知ってたんだ。」 八田が、車のエンジンをかけた。 駐車場を出て走り出す。 「どこ行くんだ? 適当なホテル? 」 いつも使うホテルがあるのか? そう思ったミツミの耳に、信じられない言葉が返ってきた。 「あいつの、プライベートマンション。」 「プライベート?」 「三井、俺なんだ。ごめん。」 「何の? 」 「電車のこと。」 「なんでそう思うんだ? 」 八田は、口ごもって話そうか迷って見える。 「おいっ! 」 ワケがわからず、彼の肩を掴んで揺さぶった。 「あの電話、あいつの前で、したから。 」 「 は?? 一体、どういう事だよ。話が見えない。」 八田が唇を噛み、ウィンカーを出してコンビニの駐車場に入った。 車を止めて、ハンドルに突っ伏す。 何か、空恐ろしいことを言われそうで怖かった。 「俺、彼女と別れたって前言ったろ? あれ、社長のことなんだ。」 「 は?? 」 「俺が、社長の愛人だった。」 「馬…… 鹿な。」 驚きで、ミツミは声も出なかった。 でも言われてみたら、八田は細身で顔もいい。まさに、あいつ好みの男だ。 「待てよ、他社の社員だぞ? そんな男に手を出すって言うのか?  そんな冗談…… 」 ギュッと、腕を掴まれた。 痛いほど握って、首を振って手を離す。 八田は赤い顔で涙をうるませていた。 「冗談なんかじゃないんだ。ああ、あれが夢だったら、何度思っただろう。 最初は、まだ会社に入ったばかりの頃だ。 何度か先輩のあとをついていって、ある日携帯の番号聞かれたんだ。 迷ったけど、新入りで気がはやって教えてしまった。 時々電話がかかってきたけど、全部仕事の話だった。 新人でろくに仕事出来ないのに、頼られてうれしかった。 明日から連休って時、誘われてバーで一緒に飲んだ。 休みで気がゆるんでたし、社長カッコいいなと思ってたから、憧れで、舞い上がって飲み過ぎて。 いや、薬を盛られたのかもしれない。 前後不覚になって。そのマンションに連れ込まれてレイプされた。」 「なっ、んだって? 」 「丁度大型連休、3日3晩レイプされ続けて、もうどうでも良くなった。 その時だけだったけど、最初の夜、座薬だったと思う。なんか薬使われて。 口止めに動画撮られちまって。 見せられたけど、半狂乱で俺じゃ無くなってた。 怖かった、あんな…… ゲイならわかるだろ? 男もセックスで快感が得られるんだ。 …… わかるだろ? 自分のあんな声、思い出したくも無い。 もう抜け出せないって思ったんだ。 もの凄い、セックスだった。言いようのない、快感の嵐だ。」 「それって、麻薬じゃ…… 」 言いかけたら、言葉で遮られた。 「出世したくないかと、愛人になるならタワマンのその部屋、使っていいって言われて。 アパート引き払って引っ越した。」 引っ越した?? レイプした奴のところへ?! 「そんな物、なんで了解するんだ。」 「さあ、なんでだろうな。 あいつセックス上手いんだ。 逃げようとすると、愛してるってささやく。 でも重さがない。なのに、言われるとこっちは砕けてしまう。 SMみたいなことをされる時だってある。 でも、その後はもの凄く優しい。 俺は、あいつ好みに、調教、されたんだ。」 「それで愛人か。」 「奥さんとは別居状態だ。 家にはほとんど帰らず、俺と2人でそのマンションで暮らしてた。 俺は、俺は、それで幸せだったんだ。」 八田の目から、涙がこぼれる。 泣いてばかりだ、あいつに関わった奴はみんな。なんて奴だ。 男同士だって、ちゃんと好き同士なら、ちゃんと幸せに暮らせる。 なのにこいつが選んだ道は、こいつが選んだ相手は…… 八田が涙を拭くと、駐車場を出る。 大きくため息付いて、話を続けた。 「つい、 このあいだ、部屋を開けろっていきなり言われて。 ホテルにとりあえず泊まって、どうしていいのかわからなくて。 そしたら、昨日呼び出された。」 「あいつの前で、あの電話かけたのか。」 「セックスのあと、かけろって言われた。 まるで、何かの腹いせのように乱暴なセックスで。 俺は昨夜はひどく消耗して、考えるのが億劫で、言いなりになっていた。 あの切符も、正輝の指示で買ったんだ。」 俺は、天を仰ぎ大きく息を吐くと、絶句して目を閉じた。

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