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第30話 最強の友人
「三井! 心臓だ! 心臓マッサージしろ! 」
八田の声に、ミツミが慌てて美里の胸を押し始める。
だが、ベッドのスプリングで身体が沈むだけで、十分に押せない。
「三井、ベッドから下ろせ! 床でやるんだ。部屋の外に出せ、そこは狭い。
俺はAED取ってくる! 確かロビーにあったはず。正輝は救急車呼んで! 」
「い、いやだ。」
正輝は恐怖で後ずさり、リビングへと逃げていく。八田が追いかけて頬を叩いた。
「正輝! 死んだら殺人だよ! わかってるの? 早くして! 」
八田が部屋を飛び出して行く。
ミツミは美里を抱いて廊下に出し、心臓マッサージを始めた。
「ヤギ、ヤギ、美里、死ぬな。死ぬな! まだか、まだか、八田! まだか! 」
ピッと、ドアのカギが開いて、八田が飛び込んでくる。
音声に従い、書いてあるようにパッドを貼った。
『 心電図を調べています 身体に触らないでください 』
ミツミが両手を合わせて必死で願う。
『 電気ショックが必要です 身体から離れてボタンを押してください 』
「押すぞ、三井。」
「頼む、頼む。」
ピ、ピ、ピーーー
『 心電図を確認しています 直ちに胸骨圧迫と…… 』
「駄目なのか? 駄目なのか?! 」
ミツミが泣きそうな顔になる。
「いいから! 押すから人工呼吸しろ!
正輝! 玄関行って救急誘導してきて! こっちから開けないと入れない! 」
正輝が転がるようにドアを出て行く。
ガタガタ震えて、足をもつれさせながら廊下を走り、エレベーターのボタンを押した。
「殺人? 殺人だって? 馬鹿な! 」
エレベーターホールの磨かれた壁に、頬を腫らして髪は乱れ、切迫した姿の自分が映る。
正輝は急いでシャツを整えると、髪をかき上げ頬をそうっと手で押さえる。
気がつくと歯が1本、折れたのかゆらゆらして、ミツミの怒りにゾッとした。
心臓マッサージしていると、また器械が自動で心電図を計り出す。
上がる息を整えて、冷や汗を拭いた。
また赤いボタンを押して、結果を待つ。
「美里、美里! 頼むから、頼むから。
動け、動けよ! 心臓! 」
『 直ちに胸骨圧迫と…… 』
「駄目だ、駄目だ! クソッ! 駄目なのか?! 」
「くじけるな、続けるぞ! 」
再度八田とマッサージを始めた時、救急隊がなだれ込んできた。
処置をしながら、他の隊員が何があったのか聞いてくる。
「こいつだ! こいつが美里の心臓止めたんだ! 」
ミツミが正輝を指さして起きたことを話した。
「警察を呼びます。ここから動かないでください。」
正輝が、恐怖にかられて書斎に飛び込むと、八田が追いかけて行く。
部屋に入ると、正輝が頭を抱えてソファに座っていた。
ようやく、事の重大さに気がついた様子で、その背中は小さく見える。
八田が、隣に座って正輝の肩を抱いた。
「深雪、深雪、俺を助けてくれ。ううう…… 」
「大丈夫、大丈夫だよ。正輝、あれは事故だったんだ。
弁護士さんに連絡取るから、安心して。」
あやすように肩を叩き、涙を流す正輝を抱きしめて包み込む。
その顔は、なぜか少し笑っていた。
警察が来て、事情を聞いて行く。
だが、やはり叔父と甥の関係が家庭内の痴話喧嘩に取られて、事件性が薄い印象だ。
「あいつが! 美里をこんなもの使って駅からさらって行ったんだ!
拉致監禁だろ! 傷害だろ! 身内だとか関係ない! なんでそんなに甘いんだ! 」
ミツミが憤って、正輝のいる書斎へと飛び込んだ。
ソファに座る正輝と八田の後ろの壁に、大きな特徴のある筆致の絵がある。
それは見覚えがある、確かに何度も遊びに行った時、居間に飾ってあった大きな絵。
「この絵…… お前、これ美里の魁夷じゃないか!
まさか、リトグラフも…… 」
見回すと、ドアに隠れるようにもう一枚絵がある。
この分だと、マイセンの人形も隠し持ってるに違いない。
ミツミは急いでスマホを取り出すと、写真に収めた
「この泥棒め! この絵、返して貰うぞ! 美里を追い込んだ怨みは忘れないからな! 」
頭にきてミツミが声を上げると、警察官がまあまあとなだめる。
警察官に絵のことも告げたが、親族間でのやりとりなので難しい様子だ。
ミツミが電話をかけて弁護士の友達に来てもらうことにした。
とにかくこの絵は返して貰わなければ、消えたら2度と手に入らない。
一晩で、どこかに隠されたら、売り払われたら、もうわからなくなる。
心肺蘇生を見守っていると、事務所が近いだけに、すぐに来てくれた。
「三井、来たぞ! 何だ、随分な修羅場だな。彼は? 大丈夫なの? 」
「叔父にスタンガンで拉致されて、暴力振るわれて心臓止まってるんだ。
ああ…… もう俺は、泣きそうなんだ。来てくれて良かった。
警察に言ってものらりくらりで。」
心身参っているミツミに、弁護士の友人は大丈夫と肩に手を置く。
突然現れた弁護士に、警察官の態度が瞬時に変わった。
黒縁の眼鏡を上げて、七三分けの髪をビシッと分けた竹内は、警官をいちべつするとポケットから名刺を取りだし八田たちに挨拶した。
「失礼、あ、私こう言う者です。弁護士をしております、竹内と申します。」
スマホで写真撮りながら警官にも名刺を渡し、まわりを見回しミツミの話を聞く。
「このままじゃ、ヤギは被害者でさえも無くなっちまう。なんとか力になってくれないか、竹内。 」
「なるほど、まずはこの絵か。わかった、これは一旦こちらで預からせてもらいます。
とりあえず魁夷の絵ですね。
これは文化庁に登録があるようなので、そちら関係で預かってもらえないか連絡しますので。」
「リトグラフは駄目か? 」
「これはあと回しだね。魁夷の絵だけは別格だ。盗難の恐れありだと、対処教えて貰えると思う。
傷を付けるわけに行かないし、ちゃんとしたところに保管してもらわないと。
君は彼に付いて行っていいよ、後は任される。
暴行に関しては、医者の診断書があれば対処出来る。」
「心臓動き始めました。病院へ移動します」
「本当ですか?! ああ、良かった。」
「良かった、ああ、良かった。正輝、生き返ったって。」
八田とミツミがほうっと脱力した。
「誰かお一人お願いします。」
「俺行きます、パートナーです。
じゃあな竹内、あとよろしく頼む。八田、休みは継続で頼むよ。
おい! お前! クソッタレ!
せめてあいつに心から謝罪しろ! 事件にならないなら民事で訴えるからな!」
正輝は書斎から動かない。
でも、弁護士来たことで、警察官はようやくあとで病院に事情聴取に来ると言ってくれた。
あいつがどうなるかなんて、今の俺は知ったこっちゃなかったが、彼は翌日逮捕されたと聞いた。
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