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第6話

 桐野に連れられて到着したのは、夜の水族館だった。  「あの、ここは?」  「ん?面白そうだろう。昔は娘をよく連れて来たのだけれど、今はいろいろな事情で無理なんだよ。リニューアルして夜にも入館出来ると知って気になっていたんだ。ほら、おいで」  まるで子供のように扱われる、何かが違う。計画とも予定とも違う方向へと流れが動き出している。  「どうしたの?やはり水族館は子供っぽくて嫌なのかな?」  「いえ、小学生の時以来ですが、懐かしくて」  「確かにこんな大きくなって親と来る子どもはいないよな」  声を立てて桐野は笑った。仕事しか興味のないつまらない男、あの女性はこの人の何を見ていたのだろう。寂しくて、人の温かみを探している?違う、この人は違う。  いきなり手を引かれて、驚いた。  「き、桐野さん、手っ」  「あ、ああ。子ども扱いしているつもりはないんだが、どうも危なっかしくて見てられなくてね」  振り払った手が痺れたようにじんじんとしてくる。  「昼間の水族館も楽しいけれど、夜は夜で綺麗だろう?」  「ええ、そうですね。昼間の水族館の思い出も、ほとんどありませんが」  「そうか?じゃあ今度は昼間に連れてくるか」  そういって微笑む桐野の横顔は、水槽からの光で青く照らし出されていて、どきりとするほど色をはらんでいた。とても五十間近の寂しく疲れ果てた大人の顔ではない。  「ほら、こっちから見て」  引き寄せられ左肩に桐野の手がまわった、そしてするりと後ろから覆うように立たれた。あまりにも自然に腕の中に囲い込まれ「あっ」と小さい声が出た。  左手を肩に乗せたまま、右手で水槽の奥を指さされた。「ね?あのサメのお腹のところ、コバンザメがいるよ」耳元で話されるとぞくぞくとする。桐野の声は低いベース音のようにお腹の底に響いてくる。 ……コレハ、ハナシガチガウ。    

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