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第7話
このままじゃ完全に桐野のペースだ、上手く誘える気もしない。今日は無理だ、もう一度こちらのフィールドで仕掛けるしかない。
「桐野さん、この次は一緒に飲みに行きませんか?」
とりあえず一度仕切り直しが必要だと、誘った言葉に桐野は少し困った顔をした。
「亮也君、君はまだ未成年だよな、二十歳になったらいくらでも付き合うよ。まだまだ先は長い、何も慌てなくていい。今の年齢にしか出来ない事を楽しみなさい」
ここまで子ども扱いされたことはなかった、ホームにいた頃も、甘やかしてくれる大人はいなかった。ああ、もうこの人をどうにか出来る気がしない。
「あの、今日はありがとうございました」
「ああ、また近いうちに。今日は本当に楽しかったよ」
遅くなるよ、仕事に差し支えないように早く帰りなさいと、促され駅まで送ってもらった。「また」と笑って頭を撫でられた時、なぜだか涙が出そうになった。
「悪いけど、俺この仕事から降りるから」
「え?今更何言ってるのよ」
「話し合えよ、あの人ならきっと分かってくれるよ」
「どういう事?もう手付は払ったでしょう」
「返すよ、それにあんた、他に男いるんだって?」
「それ、誰から?まさか桐野が」
「桐野さんは何も知らないよ、あの人いい人だから。娘さんも実家に預けっぱなしなんだって?」
「そ、それは。あの探偵、口が軽いったらありゃしない」
「とりあえず、自分がやりたいように生きたいのなら話し合えよ。俺みたいなガキに何言われてんだよ」
「あなた、まさか桐野に何か言うつもりなの?」
「は?馬鹿じゃないのか。俺はあなたを騙すために雇われていましたと言えると?」
「それなら良いけど」
そもそもこの二人がなぜ結婚したのかさえ分からない。派手な見かけのその女性が桐野の横に立つ様が想像だに出来ない。
「言わないし、もう会わないから。安心しろよ」
そう、もう会えない。これ以上会う意味も理由もなくなってしまったのだ。何度か連絡を断れば自然とこの出会いもなかった事になるだろう。
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