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第10話

 「ああ、私だ。請求書が届いたよ、この金額でいいのか?上乗せしておこう。それとまた仕事も紹介しよう」  『ありがとうございます、こんなに全てが上手くいくとは思いませんでしたよ。最初に桐野さんからお電話頂いた時は驚きましたがね』  「そうか?私は最善の方法を模索していただけだよ」  『あの子は元気ですか?』  「亮也か?理想通りだよ。初めて会った時にこの子だと感じたのは、間違いじゃなかったようだ。まあ、君の凝った演出の最初の出会いも一興で面白かったし」  『ありがとうございます。多少は遊びも必要かと。それにしても、あんなに生き生きとした子でしたかね。この前見かけて驚きましたよ、すっかり別人ですね』  「いや、あれが亮也の本来の姿だよ。ところで、葉月の様子はどうだった?」  全てを手に入れる最短で、最善の方法。彼女には誰かに執着してもらう必要があった。多少の犠牲は仕方ない。  『奥さんの事、やはり気になりますか?』  「元女房だよ」  『そちらの情報は既に入っているかと思っておりましたが』  「まあ、大体の事はね。昔から少し見てくれの良い、頼りない男が好みなんだよ。俳優崩れのあいつなら適役だったとは思うが」  くくっと笑い声が聞こえた。  『人の好みってのは分かりませんね。ああそうだ、金輪際、縁も切りたいそうです』  「そうか、まあそれも巡り合わせだな。娘の件でもいろいろと手間をかけたな」  結局、全てがあるべき場所に納まり、上手く運んだと言うことか。  『いいえ、あの金額で納得していましたし。しかし、どうやって私の事務所のチラシに引っかかったのか分かりません』  「さあ、天が味方をしてくれたのだろうな」  電話の向こうから品のない笑い声がした。  『まあ、全ては綿密な計画あっての事ですから。これからもよろしくお願いします』  「こちらこそ、それじゃあ」  パソコンの履歴やその行動から彼女が浮気相手を探しては、不貞を働いているのは知っていた。退屈が嫌だと変化を望んでいた。どうすれば飛びつくのか、良く知っているからこそ誘導するのは容易だった。  郵便物に紛れさせて渡したチラシを隠したのを見た。あの瞬間に未来は約束された。引き出された金の行く先がこちらの指定した口座だとは思いもよらないだろう。  娘の母親として大人しくしていてくれれば安泰に過ごせたものをとは思う、もうこれ以上は面倒だと踏んだのは一年前の事だった。  後は簡単だった。周到に準備して、必要なコマをこちらの意のままに動かすだけ。誰もが手に入れたいと思ったものが明らかである限り、必要なものを用意してやればいい。  そうして自分の欲するものは、ひとつも譲らず手に入れる。  電話を切るとキッチンに食事の支度をするために戻った。亮也が愛美と並んでテレビを見ていた。  「お腹空いたってば!」  「はいはい、お姫様の言うことが最優先だよな」  振り返ると愛しい家族がいる。ようやく欲しいものは手に入れた。自分の手の中で大輪の花を咲かせるであろう若い恋人、そして愛する娘。穏やかなようで刺激的な日々。  今、人生の春を迎えている。  

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