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第5話

神聖な場所。と言ったらキリがない。 神社仏閣に限らず、霊峰や渓谷、離島、池に滝。水にまつわる聖地は数知れず。 神話の舞台になってる場所も同じだ。可能性があるのは有難いが、正直お金と時間がかかる。だからいつも夜に出発し、ゼロ泊二日で帰ってくる。遠方の場合は安いホテルやスパに泊まったり、車中泊することもザラだった。 「図書館か。数年ぶりに来た」 「あはは、俺もです。古い文献が地元の図書館に揃ってることもあるし、立ち寄るのも良いでしょう?」 二週連続で北関東を回った。土曜日の正午に茨城の神社に寄り、大きな市立図書館に訪れた。興味深い本はたくさんあったが、結果として有益な情報は手に入らず、徒労に終わる。 再び高速に入り、都築は道の駅で買っておいたコロッケを運転中の景の口元に近付けた。 「はい景さん、どうぞ」 「……」 「あっ大丈夫です。時間経ってるから火傷はしないと思います!」 「そういうことじゃない」 景さんは何やら渋っていたが、やがて前を見ながらコロッケを頬張った。 タイミングを見ながら差し出していると、かなりスピードが出ていることに気付いた。 「景さん、この辺覆面パトカー多いですよ」 慣れてる場所でも、警察は年々斬新な車種を導入してると聞く。近寄られるまで絶対分からないし、とにかく安全ファーストだ。 景はメーターを一瞥した後、ゆるやかにスピードを落とした。 「このまま長野に入る」 「あ……」 「どうした?」 口篭る自分を不審に思ったのか、景さんは視線を寄越した。 「い、いえ。了解です」 声音も明るくし、笑って答える。 会話はそこで途切れた。 都築は少しだけ拳を握り、コロッケを紙袋の中に仕舞った。 三時間程走り、辿り着いたのはエメラルドグリーンが美しいと有名な大池だ。駐車場からはだいぶ離れており、スニーカーでも危うい段差がいくつかあった。 「景さん、信州そば、とひとくちに言っても実は十種類以上ありまして。戸隠そば、小諸そば、行者そば、安曇野そば、それから」 「都築」 「赤そば……すみません」 都築は軽く咳払いする。湖の畔に屈み、水面を覗き込んだ。雨のせいで、池はエメラルドグリーンというより限りなくグレーだった。 自然の匂いと静謐な空気感は落ち着くが、何の気配も感じない。 「俺は何も感じません……景さんは?」 振り返ると、彼は腕を組んでかぶりを振った。 この地域は元々雨が少ない。しかし、今は小雨が降っている。 天気は自分達に味方してくれたが、収穫はなかった。都築は冷たい風を吸い、深く息をつく。 「冷えますね。……戻りましょうか」 顔を見合せ、やわい土を踏んで車へ戻った。 「そういえばここは大蛇の伝説があるんでしたっけ。主様も小さかったら蛇みたいだったのかなぁ~。可愛い」 「可愛いか……?」 景さんは蛇が苦手らしく、青い顔で自分の腕をさすっていた。基本長いものがあまり好きじゃないと言う。龍に仕えていたのに不思議だ。 「はてさて」 この辺のことは知り尽くしているが、一応タブレットでめぼしい場所を検索する。 「山深いところの湖とか、山頂の大池とか。神聖な場所はたくさんあるんですけど、基本マイカー規制されてるんでバスかタクシーの移動になります。まぁまぁ真面目なトレッキングになりますし、靴も変えた方が良いかも」 あと熊が出ます、と言うと景さんは「やめる」と即答した。 「やっぱり主様がいるのは滝なのかな……」

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