6 / 62

第6話

水場は全て調べたいところだが、さすがに数が多過ぎるから絞りたい。 前世では大きな滝の裏にある社で龍神を祀っていた。可能性としては、やはり滝だ。 景はふぅと息をつき、シートを倒した。 「三大瀑布は回ったな。栃木の華厳の滝、和歌山の那智の滝、茨城の袋田の滝」 「ね。どこも迫力満点で良かったですよねえ。スケール大きいだけに滝まで距離がありましたけど」 スマホで撮った写真を見ながら、ため息混じりに頬杖をつく。 「静岡や栃木でもたくさん回りましたけど、基本観光地化してます。俺達が初めて会った滝も……そう思うと、何だかなぁ……」 自分から言っておいて申し訳ないが、考え込んでしまった。 人が集まる場所は気の力が集中するから、それ目当てで住み着く神も確かにいると思う。しかし自分達の主は賑やかな環境と、そもそも人間が嫌いだったから、もっと静かな場所に身を置きそうだ。 「俺は、お前が行きたい場所ならどこにでも行く」 カーインバーターを取り付け、景さんは電気ケトルでお湯を沸かし始めた。その間に手動のコーヒーミルで豆を挽く。 「景さん、俺がやりますよ」 手を差し出したものの、彼は手で制止した。いつものやり取りに少し笑って、俺も後部座席からマグを二つ取り出した。 お湯が沸き、景さんは二人分のコーヒーを淹れてくれた。車内に立ち上る香りはホッとして、さっきまで抱えていた不安を簡単にかき消してくれた。 「はぁ~。景さんが淹れてくれるコーヒーは本当に美味しいです」 笑いかけると、彼は後ろのボックスから色々な洋菓子を引っ張り出してくれた。 こうなると完全に車内カフェだ。雨音をBGMに、黙々とマフィンを頬張る。 駐車場に停めてる車は他に一台もなく、貸し切り状態だった。水滴で、フロントから眺める景色は少しぼやけている。 「何だか世界に俺達二人だけみたいですね」 「そうだな。昔みたいだ」 「ああ。確かに」 手を叩いて頷く。昔はいつも二人だけで、洞窟の中で滝の裏側を見ていた。水のカーテンを閉め切ってるようで、大好きな景色だった。 「……一緒に来てくれて、ありがとうございます」 今もあの延長線上にいる。そう思うと改めて、この瞬間が愛おしくなった。 「俺は物心ついた時から昔の記憶があったんですけど、景さんは?」 「俺も同じ」 「そうか……大変でした?」 心配になって訊くと、彼は瞼を伏せた。 「それも、大方お前と同じだ」 「……」 わずかに想像を働かせて、やめた。 俺達は今も昔も人間だ。でも、今も昔も普通から逸脱してる。大人になってからは上手く立ち回ることができたけど。 「もうどうでもいいけどな」 空になったマグを片付け、景さんはこちらを見た。 「俺達は裏切られるの慣れてるだろ」 「あぁ! 言われてみればそうですね」 肩を揺らして笑ってしまった。心なしか景さんも楽しそうに見える。前に屈んで、目元を軽く擦った。 「今はすごく平和だけど、人の本質はそんなに変わってない。集団で生きる限り淘汰は起きる。村八分も学校の虐めも。……条件が重なってしまえば」 左手のブレスレットにそっと触れる。 「優しい人もいるけど、辛いこともたくさん……だからこそ、景さんに逢えたときは嬉しかった」 静かに微笑む。すると前髪を持ち上げられた。慎重に、探るように髪一本一本梳いていく。 景は依然として無表情を貫いていたが、都築の唇を指でなぞった。 「……時々本気で連れ去りたくなる」 「え?」 都築は首を傾げる。景は口角を上げ、シートを起こした。 「何度も言ってるけど、車は危険だからな。俺がいない時に声掛けられて、知らない男についていくなよ」 「大丈夫ですよ、子どもじゃないんだから」 否定したものの、景が肩を震わせ、笑っているのが分かった。都築は少しむくれてシートベルトを締める。 「ちょっと理不尽ですよね。昔は同い歳だったのに」 「そうだっけ?」 「そうですよ!」 雨の日は、昔の記憶が端っこから流れてくる。とはいえ大抵が、まだ彼と会って間もない頃のことだ。 いつか全て思い出せるように願い、前を向く。 景はエンジンをかけ、都築の頭を撫でた。 「悪いな。ちゃんと覚えてるよ」 「い、いえ……。今も昔も、かっこいいのは貴方の方なので」 やっかみではなく、正直に答える。すると彼は目を丸くし、口元を押さえて笑った。 「そんな風に思ってくれてるとは知らなかった」 「またまた。行く先々で、女の人に見られてるじゃないですか」 「歩いてる時は他人の顔を見ないようにしてるからな」 ぴしゃりと言い切る景は、やはり複雑な半生を送ってきてるように思えた。改めて、胸がちくりと痛む。 「俺は他人にどう思われようと構わない」 けど、その後にさらっと告げられた言葉に全て持っていかれた。 「お前がいればいい」 ……。 …………ん? 何て返せばいいか分からず、しばらくフリーズした。 というか、変だ。顔が熱くなってきた。 今、それなりにすごいことを言われたような。気のせいか? 「帰るか」 「は……い……」 雨が窓を叩いている。今回も何の収穫もなかったのに……何故か俺の心は、今までで一番舞い上がっていた。

ともだちにシェアしよう!