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第6話
水場は全て調べたいところだが、さすがに数が多過ぎるから絞りたい。
前世では大きな滝の裏にある社で龍神を祀っていた。可能性としては、やはり滝だ。
景はふぅと息をつき、シートを倒した。
「三大瀑布は回ったな。栃木の華厳の滝、和歌山の那智の滝、茨城の袋田の滝」
「ね。どこも迫力満点で良かったですよねえ。スケール大きいだけに滝まで距離がありましたけど」
スマホで撮った写真を見ながら、ため息混じりに頬杖をつく。
「静岡や栃木でもたくさん回りましたけど、基本観光地化してます。俺達が初めて会った滝も……そう思うと、何だかなぁ……」
自分から言っておいて申し訳ないが、考え込んでしまった。
人が集まる場所は気の力が集中するから、それ目当てで住み着く神も確かにいると思う。しかし自分達の主は賑やかな環境と、そもそも人間が嫌いだったから、もっと静かな場所に身を置きそうだ。
「俺は、お前が行きたい場所ならどこにでも行く」
カーインバーターを取り付け、景さんは電気ケトルでお湯を沸かし始めた。その間に手動のコーヒーミルで豆を挽く。
「景さん、俺がやりますよ」
手を差し出したものの、彼は手で制止した。いつものやり取りに少し笑って、俺も後部座席からマグを二つ取り出した。
お湯が沸き、景さんは二人分のコーヒーを淹れてくれた。車内に立ち上る香りはホッとして、さっきまで抱えていた不安を簡単にかき消してくれた。
「はぁ~。景さんが淹れてくれるコーヒーは本当に美味しいです」
笑いかけると、彼は後ろのボックスから色々な洋菓子を引っ張り出してくれた。
こうなると完全に車内カフェだ。雨音をBGMに、黙々とマフィンを頬張る。
駐車場に停めてる車は他に一台もなく、貸し切り状態だった。水滴で、フロントから眺める景色は少しぼやけている。
「何だか世界に俺達二人だけみたいですね」
「そうだな。昔みたいだ」
「ああ。確かに」
手を叩いて頷く。昔はいつも二人だけで、洞窟の中で滝の裏側を見ていた。水のカーテンを閉め切ってるようで、大好きな景色だった。
「……一緒に来てくれて、ありがとうございます」
今もあの延長線上にいる。そう思うと改めて、この瞬間が愛おしくなった。
「俺は物心ついた時から昔の記憶があったんですけど、景さんは?」
「俺も同じ」
「そうか……大変でした?」
心配になって訊くと、彼は瞼を伏せた。
「それも、大方お前と同じだ」
「……」
わずかに想像を働かせて、やめた。
俺達は今も昔も人間だ。でも、今も昔も普通から逸脱してる。大人になってからは上手く立ち回ることができたけど。
「もうどうでもいいけどな」
空になったマグを片付け、景さんはこちらを見た。
「俺達は裏切られるの慣れてるだろ」
「あぁ! 言われてみればそうですね」
肩を揺らして笑ってしまった。心なしか景さんも楽しそうに見える。前に屈んで、目元を軽く擦った。
「今はすごく平和だけど、人の本質はそんなに変わってない。集団で生きる限り淘汰は起きる。村八分も学校の虐めも。……条件が重なってしまえば」
左手のブレスレットにそっと触れる。
「優しい人もいるけど、辛いこともたくさん……だからこそ、景さんに逢えたときは嬉しかった」
静かに微笑む。すると前髪を持ち上げられた。慎重に、探るように髪一本一本梳いていく。
景は依然として無表情を貫いていたが、都築の唇を指でなぞった。
「……時々本気で連れ去りたくなる」
「え?」
都築は首を傾げる。景は口角を上げ、シートを起こした。
「何度も言ってるけど、車は危険だからな。俺がいない時に声掛けられて、知らない男についていくなよ」
「大丈夫ですよ、子どもじゃないんだから」
否定したものの、景が肩を震わせ、笑っているのが分かった。都築は少しむくれてシートベルトを締める。
「ちょっと理不尽ですよね。昔は同い歳だったのに」
「そうだっけ?」
「そうですよ!」
雨の日は、昔の記憶が端っこから流れてくる。とはいえ大抵が、まだ彼と会って間もない頃のことだ。
いつか全て思い出せるように願い、前を向く。
景はエンジンをかけ、都築の頭を撫でた。
「悪いな。ちゃんと覚えてるよ」
「い、いえ……。今も昔も、かっこいいのは貴方の方なので」
やっかみではなく、正直に答える。すると彼は目を丸くし、口元を押さえて笑った。
「そんな風に思ってくれてるとは知らなかった」
「またまた。行く先々で、女の人に見られてるじゃないですか」
「歩いてる時は他人の顔を見ないようにしてるからな」
ぴしゃりと言い切る景は、やはり複雑な半生を送ってきてるように思えた。改めて、胸がちくりと痛む。
「俺は他人にどう思われようと構わない」
けど、その後にさらっと告げられた言葉に全て持っていかれた。
「お前がいればいい」
……。
…………ん?
何て返せばいいか分からず、しばらくフリーズした。
というか、変だ。顔が熱くなってきた。
今、それなりにすごいことを言われたような。気のせいか?
「帰るか」
「は……い……」
雨が窓を叩いている。今回も何の収穫もなかったのに……何故か俺の心は、今までで一番舞い上がっていた。
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