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第9話

「景さん! 見てください、さっきのお店で買ったこの丸ごと一個りんご飴! 興奮する!」 「食えるのか?」 「食え……ます。景さんの分も買ってきたので、どうぞ」 郊外まで戻り、キャンプ場で夜を迎えた。冬だったら凍えてしまったかもしれないが、夏の手前は幾分過ごしやすい気温で助かった。 台所も借りられたので、一から米を炊く。近くにあるスーパーで何でも手に入るが、車にはいつもレトルト系の食材を積んでいたから買い出しに行かなくても問題なかった。 お気に入りのメスティンで時間を調整しながら、片手間に目玉焼きを作る。カット野菜にコンビーフを入れ、簡単な野菜炒めを作った。 景はその間に紙皿を用意し、インスタントの和風スープを入れた。 「昼抜きだからお腹空いた。食べましょ、景さん」 割り箸を彼に渡して両手を合わせる。どんな時でも食事の挨拶だけはしっかりした。 「いただきまーす!」 「……」 彼も一応言っているが、声が小さくて口を動かしてるだけに見える。最近気付いたけど、「ご馳走様」と言う時の方がやや声が大きい。 なんてことない些細な気付きだが、意外に嬉しいものだ。彼について知っていることが増える、というのは。 景は炊きたての白米を皿に取り分け、都築に手渡した。 「……せっかく本州の最北端に来てるんだから、海鮮とか食べなくていいのか?」 「何だかんだ、色々頼むと鰻の額に匹敵しちゃうんで」 笑いながら米をかきこむ。温かいご飯は、それだけでも充分美味しかった。 「お店ももちろん良いけど。こうやって景さんと簡単なご飯を作るのも好きです!」 「……そうか」 景はスープを飲み、わずかに微笑んだ。 「景さんは? 海鮮食べたかったらごめんなさい、明日どこかで探して……」 「いいや。俺も自炊でいい」 彼は足を組み、静かに零した。 「むしろ、充分過ぎる」 「……」 落ち着いて箸を進める彼に、思わず見惚れてしまった。 もちろん黙っていても絵になる人だけど、……内面という意味で。 俺に合わせて自炊や車中泊をしてるだけで、本来はこういうアウトドアなことをする人ではないと思う。けどいつも慎ましく、ゆるーく生活感を出している。 だからなのか、彼の車の中は家と同じぐらい安心感がある。 つい呆けていると、口元を触られた。 「米ついてる」 「あ。ごめんなさい」 何だろう。最近何かおかしい。 こんな他愛もないことでドキドキするなんて。……俺は一体、何を意識してるんだろう。

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