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第12話
車のロックを解除し、景さんは運転席に乗り込む。
「また運転お願いしちゃって大丈夫ですか?」
「ああ」
雨の道をひたすら進む。山中とまではいかない田舎道だったのだが、ここで大変な事態が起きた。
「景さん、前!」
「……」
「景さん、後ろ! 車いません!」
「分かったから……」
景さんはブレーキを踏み、道の途中で停止した。
「あちゃあ。倒木か」
困ったことに、一車線の道を大きな倒木が塞いでしまっていた。
「道路局に電話しますね。でも困ったなぁ……急いで高速乗らないといけないのに」
スマホを取り出し、倒木の連絡をする。しかし撤去作業が終わるまで悠長に待っているわけにもいかない。今夜はもう東京に戻る必要がある。
「引き返すぞ」
景はハンドルを切ってUターンする。都築も急いで他のルートを検索し、設定した。
「このナビ君、以前尋常じゃないけもの道に誘い込みましたよね。ほっそい道で片側が絶壁で、俺あの時はここで死ぬのかと思いました」
「地元民しか使ってない道だったな」
思い出して苦笑する。動物が飛び出してきたり、他の車に突っ込まれそうになったり。何だかんだ、この時代でも彼と命懸けの経験をしている。
「景さん、明日のご予定は……」
「俺は調整できる。お前は?」
「俺は……ま、まぁ大丈夫です。この間休日出勤したし、店長に謝りまくれば」
最悪時間がかかったときの可能性を考え、都築は職場に電話を掛けた。幸い店長の青年はケロッと休みを承諾してくれた。
「は~、良かったぁ。ウチの店長は優しいです」
「……」
スマホを仕舞うと、ふと視線を感じた。
「景さん? どうされました?」
「いや。……お前、何の仕事してるんだっけ」
言いたくないならいいけど、と彼は続けた。でも質問されることが嬉しくて、思わず笑ってしまった。
「今は楽器店と居酒屋でバイトしてます」
「……それと、家業か」
「ええ。でも実家は遠いし、両立できるほど甘くないというか」
視線を前に戻し、都築は深いため息をついた。
「実は地元に戻ってこいって言われてるんです。でも東京には景さんもいるし、生活は大変だけどできればこのままずっと住んでいたい。地元は少し……息苦しくて」
「…………」
肌にまとわりつくような湿気を感じる。少し肌寒くなってきたのか、景さんは暖房を入れた。
そして、ハンドルをトントンと叩き。
「恋人がいるって言え」
「恋人~。それは良……ええ!?」
聞き間違いかと思ったが、彼は平然としている。
冗談には聞こえない……いや、彼は冗談を言うタイプじゃない。
都築はダラダラと伝う汗を感じながら、恐る恐る言葉を紡いだ。
「恋人と離れたくないから……っていう嘘をつく作戦ですか」
「そう。もう一緒に住んでるって言っておけ。ちなみに殴り込みにくる父親か?」
「さすがに東京までは来ないと思いますけど」
「じゃあ大丈夫だ」
だ……大丈夫か?
景さんは時々豪快というか、不敵極まりない。
「俺が彼女と暮らしてるなんて言ったら、大変ですよ。最低な話、あの人は跡取りがどうこう……」
「子どもは作る気ないって言えばいい」
「あはは! 景さんってほんとブレませんよね」
何だか可笑しくて、吹き出してしまった。
「そういうところ尊敬してます。俺は自立したいと思いながら、中途半端なところでいつも立ち往生するから」
半ば親と喧嘩して上京したことは、自分の中では歴史的瞬間とも言えるのだが。あれが最大瞬間風速で、以降は失速していくだけだった。
俺の二周目の人生は、一周目の補完に過ぎない。いや、補完すらできずに終わる可能性がある。
俯いて自嘲的に笑うと、何故か景さんは路肩に車を停めた。
「景さん? どうしたんですか?」
市街地はまだまだ先だ。ナビに目をやり、ルートの確認をしようとしたが、やはり手で制される。
「先に今日泊まれる場所を探す」
「さすがに二日連続で車内は体痛いですもんね。すみません」
急遽宿泊先を探し、予約を入れることになった。そう遠くない場所に空いてるビジネスホテルが見つかった為、やや急ぎながら向かう。
「お部屋は四〇二号室になります」
「ありがとうございます」
鍵を受け取り、ツインベッドの部屋に入る。
「わ。景さん、ここ眺め良いですよ」
都築は鞄をベッドに放り、真っ先に窓際に寄った。部屋の窓からは、夜の市街を一望できた。
「やっぱり青森は遠いですね。トンボ帰りも無理があったな……」
「……」
「景さん?」
景も窓際にやってきたが、直ぐに違和感を覚え、都築は訝しげに腕を組んだ。
「どうしたんですか? 何か楽しそうですけど」
「いや」
景さんは再び翻り、薄く笑う。
「悪いことしてる気がして」
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