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第13話

それだけ言うと、彼はベッドに腰を下ろした。パソコンを開き、仕事関係のメールの確認を始めている。 「風呂、先に入んな」 「え。……じ、じゃあお先に。ありがとうございます」 ブレスレットを外し、熱いシャワーを浴びる。せっかくだからバスタブにお湯を張り、湯船に浸かった。 はー、生き返る。 ここまで来たら温泉なんかも入りたかったけど、明日はフリーになったし日帰り温泉を探してもいいかもしれない。 青森から東京まで、高速を使ったとして八時間から九時間……充分な休憩を挟んだら、十時間はかかる。一人だとしんどいけど、交替して運転すれば何とかなりそうだ。 しかし、遠くに来たな。 関西を回ったときも思ったけど、彼と旅をしてることも未だに夢みたいだ。 景さんの感情が読み取れなくて焦ることも多いけど、基本彼は大人で、優しい。どんなミスをしても怒らないし、何も言わずにフォローしてくれる。 自分の至らなさで迷惑かけて、申し訳なくて思うことも多いけど、やっぱり彼が好きだ。 好き……。 「い、いやいや。……人として?」 途端に恥ずかしくなって、思わず声に出して補正してしまった。 もちろん景さんも主を見つけたいから目的が合致してるけど、それでも貴重な休日をつかって俺と行動してくれてるんだ。嫌いになる要素なんて見つからない、むしろ感謝しかない。……イコール、好き、……と。 飛躍し過ぎかな。何だかよく分からない。 俺はこれまでの人生で、本気の恋愛をしたことがない。性別云々の前に、誰かに夢中になったことがないのだ。 物心ついた時から、永く仕えた主と、共に過ごした従者のことを想っていた。 景さんはどうだろう。これまでどんな人生を送ってきたんだろう。 家族とは仲良い? 学校生活は楽しかった? 夢中になれるものは見つけられた? この時代に生まれて良かった。……って、思えた? 訊きたいことがたくさんある。この短い旅の中ではおさまらないほど。 時間はたくさんあるようで、実は全然ないのだ。こうしてる間にも砂時計は進んでいる。 俺は主様を見つける前に、────彼に伝えたいことがあるから。 「随分長かったな」 「はい……」 バスルームから出ると、壁に寄りかかり、腕を組んでる景さんがいた。 「あまりに長いから浴槽の中に沈んでないか確認しようと思った」 「そんな……お年寄りじゃないんですから」 「どっちかって言うと今回は赤ん坊だな」 タオルを頭から被せられ、がしがしと拭かれる。急いで出てきた為、ドライヤーもかけていなかった。 「あれ、ブレスレット……」 ふと、左手にブレスレットがないことに気付く。 そういえば洗面台に置きっぱなしにしてしまった。一歩下がってバスルームの方に向いたが、 「おい!」 急に強い目眩が起きて、バランスを崩した。危うく近くの戸棚に激突するところだったが、腰と肩を掴まれ、寸でのところで支えてもらった。 「……っとに危ないな……」 「ご、ごめんなさい。何かフラフラしちゃって」 「のぼせたのかもな。ちょっとこっちに」 彼は俺の手を引いて誘導する。言う通りにベッドの方へ向かおうとしたが、彼のスリッパに足を引っ掛けてしまい。 「うわあっ!?」 またしてもバランスを崩し、事故を起こしてしまった。 景さんは床に倒れ、俺はその上に覆い被さる形で倒れた。 ひえぇぇええっ!! 「ごごごごめんなさい、景さん! 大丈夫ですか?」 「……あぁ」 「本当に? うわあああごめんなさい……俺もちょっと床に思いっきり頭打ち付けます! 痛み分けということで、どうかここはひとつ」 「落ち着け」 景さんは頭が痛そうに額に手を当てる。 しかし俺は気が気じゃなかった。ただでさえ迷惑かけてばかりの彼に、とうとう直接攻撃をかましてしまったのだから。 「け、景さん……本当に……ごめんなさい……っ」 今度ばかりは、本当に嫌われる。 そう思ったら胸と目頭が急激に熱くなって、声が震え始めた。 「少し倒れただけだろ。慌て過ぎだ」 彼は床に肘をついて上体を起こした。 するとまた息が当たりそうな距離で、見つめ合う体勢になる。 視線が交差する。その瞬間、心臓がドクンと跳ねた。 「で、でも……怒ってませんか?」 「こんなことで怒るか」 景さんは乱れた前髪を乱暴にかき上げ、ため息混じりに問いかける。 「お前、俺のことが苦手だろ」 「え?」 「何に関しても気を遣い過ぎだ。一緒にいると疲れてしょうがないだろ」 「そ、そんなことないです!」 話の風向きが変わったことに焦ったが、すぐさま否定した。 苦手なんかじゃない。確かに接し方や感情の読み方は模索中だけど、それは全部彼を知る為。今より一歩歩み寄る為だ。 ところが、彼から見た俺はまるで違う姿に映っていたのかもしれない。 「お前が距離を取ろうとするのは当然だ。今の俺は昔とは違う。考え方も変わったし、世界の見方も変わった」 「いや、俺は」 「せめて赤の他人でいるよう努めるから、安心しろ」

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