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第14話
……違う。
違うんだ。
「節度ある大人だから」って、俺も自分に言い聞かせていたけど。
そうじゃない。俺は、本当は。
「……好きです」
立ち上がろうとした彼の袖を掴み、倒れるように俯く。
声も、肩も、指先も、全てが震えている。けどそんなことを気にする余裕は残っていなかった。
「景さんが好きです。嫌われたくないから、ずかずか踏み込むのが怖かっただけで……本当はもっと色々訊きたいし、知りたいです。あ……赤の他人で終わりたくない」
「……都築」
「俺は細かいことをほとんど忘れちゃってるけど、これだけは分かるんです。主様と景さんがいたあの頃は、本当に幸せだった」
気付けば涙が溢れ、子どものように嗚咽していた。
こんなことで泣くなんて、自分で自分が理解できない。でもこの胸の痛みは本物だ。
「……そうか」
頬に手が触れる。割れ物を触るように、慎重な手つきで。
歪んだ視界は、彼が涙をすくいとったことで元に戻る。鮮明になった景色の中央には、優しく微笑む景さんがいた。
「お前はあまり昔の話をしないから、てっきり思い出したくないことが多いのかと思った」
頬を手で挟まれ、上向きにさせられる。景さんは自身の額を、俺の額に突き合わせた。
「相変わらず健気だな」
柔らかな前髪が当たる。それと同時に、ふわりと良い香りがした。
今までも時々鼻腔をくすぐった、彼の香水。それを今までで一番近くで感じている。
「再会しても俺に興味がなさそうだったし、俺も無意識に躊躇してたのかもな」
彼は真剣な表情で視線を下に落とす。荒れ狂う海で溺れながらも、何とか岸に渡ろうと手を伸ばした。
堰を切ったように溢れる涙を拭い、感情ごと振り払う。
「俺はずっと、景さんに興味津々です。我慢してただけです」
「ははっ」
彼は目を瞑り、嬉しそうに笑った。今まで見た中で一番素直で、可愛らしい反応だった。
もうちょっと伝わってるもんだと思ってたけど、彼には数ミリも想いが届いていなかったみたいだ。
そして、それは俺も同じ。
彼の想いにまるで気付けていなかった。
互いに腹の探り合いをしていたんだろう。
今の関係に亀裂を入れないよう距離をとりつつ、どうしてまったく踏み込んでこないのか、という矛盾した激情を隠し持って。
でも慎重になるのも当然で。ガラスの破片を抱き締めて、傷だらけになっている。
もっと早くこの不安をさらけ出せたら良かったのだけど……それをするには、年月が経ち過ぎてしまっていた。
「再会した時に、溜め込んでたこと全部言っちゃえば良かったんですよね。恥ずかしいし、初っ端から変人だと思われたらまずいと思って、近付き過ぎないようにしてました」
おどけて話すと頭を撫でられた。景さんは唄うように、弾んだ声で答える。
「俺もだ。取り繕う必要なんてなかったのに」
景さんは左耳のカフスに触れ、軽く微笑む。
俺はバスルームからブレスレットをとってきて、左腕につけた。
気付いたときには握り締めていた、白い珠。これのおかげで彼とまた巡り会えた。
深く息を吸い、眼前の彼を見据える。
「主様だけじゃない……俺は、景さんのことをずっと捜してました。だから上京してきたんです。出逢えたのは街中じゃなかったけど」
再び床に膝をつき、彼の前に身を乗り出す。
「景さんを見つけたときは本当に嬉しかった。今までの辛いこととか全部吹っ飛びましたもん」
「……」
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