15 / 62

第15話

景は都築の後頭部に手を回し、自身の胸に抱き寄せた。 「不安にさせて済まない」 静かに囁いた後、都築を抱き起こし、ベッドまで誘導した。冷蔵庫から水を取り出し、端に腰を下ろす。 「俺のことが好きってのは、本当?」 都築は壁に背を預け、枕を抱き抱える。端然と見つめてくる景に、狼狽えつつも頷いた。 「好きです。大好きです」 「そうか」 景は優しく微笑み、ベッドに乗り上げた。 「お前が言う好きってのは……人としてだよな」 「え。あ、え」 「どうした」 露骨に狼狽えた都築に、景も狼狽える。 しかし都築自身、奥深くに眠っていた感情が目覚めたことで困惑していた。 タガが外れたみたいに、押し殺していた願望がとめどなく溢れてくる。 彼のことをもっと知りたい。もっと近付きたい。 この“好き”の正体は……同じ人として、ということではないと思った。 間違いなく意識してしまっている。 同じ男同士だけど……彼を、恋愛対象として。 「違うの?」 目を泳がせていたものの、頬に手が添えられる。 逃げることはできない。 いや、違う。本当は捕らえて離さないでほしいんだ。 「違うかも……です。人としてではなく、その……そういうお相手として」 俯き、しどろもどろに答える。 恥ずかしくて顔から火が出そうだ。もはや泣きたいぐらいだったが、景さんは真逆で吹き出してしまった。 「わかった。そういう相手として考えていっていい、ってことだな」 ……! まさにそれだ。火照ったまま、こくこくと頷く。 彼は満足そうに口角を上げ、体の向きを変えた。 「水分とった方がいいな」 景はペットボトルの水をあおぎ、都築に顔を近付ける。 避けようと思えば避けられたが、都築はその唇が見えなくなるまで眺めていた。 「景……んっ」 視界が奪われる。幕を下ろした闇の中で、柔らかい彼の唇を感じた。 チカチカと弾ける閃光。目が覚めるような電流。 喉に伝う冷たい水。 渇き切った自分の心を潤すのは、彼だけだ。 「ん……ふ……っ」 口移しは笑えるほど上手くいかなかった。口元から水が零れ、襟元をぬらしてしまう。 「ふはっ。やっぱり全然飲めないな」 景は心底可笑しそうに肩を揺らし、吹き出した。 しかし固まって動かない都築に気付き、すぐにタオルで口元を拭い、尋ねる。 「どうした?」 「いや……景さんが笑ってると思って」 思ったままのことを口にすると、景は不思議そうに眉を下げた。 「キスについては触れないんだな」 ペットボトルをサイドテーブルに置き、スモールライトを点ける。重たかった部屋の雰囲気が一瞬で変わった気がした。 「笑わないのは、楽しくないからじゃない。今までもそうだった」 景は眼鏡を外し、胸ポケットに仕舞う。天井を仰ぎ、深く息をついた。 「何を食っても薄味で、惹かれはしても熱中はしない。恵まれた環境にいるのに気持ちが上がらない」 最早そういう性分なんだと言い聞かせていた。 景はそう零して、都築を抱きながら横になる。 「でもそれも仕方ないって思えてきた。今を楽しむ前に、お前のことで頭がいっぱいだったんだから」 「……!」 やばい。理解と感情が追いつかない。 嬉し過ぎて、心も体もとけてしまいそう。 それに景さんの笑顔は破壊力があり過ぎる。不意打ちは反則だ。 「景さんって、実は人たらしですよね」 「お前も似たようなもんだろ」 ぎゅっと抱き締められる。すごく心地よくて、彼の首筋に顔をうずめた。 こうしていると彼の心音まで聞こえる気がして嬉しくなる。 そう想って、彼がどれほど大切な存在なのか再認識した。 「俺も、景さんと出逢うまでの時間は……生きてたけど、死んでるみたいだった」 急な睡魔に襲われ、瞼が閉じかける。それでも口だけは動かした。 「生まれてきてくれてありがとうございます……景さん」 「お前は俺の親か」 景は即座にツッコんだが、その時にはもう、都築は寝息を立てていた。 「……こっちの台詞だよ」 あどけない寝顔を見つめ、景は都築の額にキスする。 「改めてよろしくな。都築」 左耳のカフスを外し、傷つけないギリギリの力で握り締めた。

ともだちにシェアしよう!