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第18話
景は都築の手を慎重に下ろし、上を向いた。
「お前が打ち明けてくれたから……俺も隠してたことを言っていいか?」
「ど、どうぞ」
「失望すると思う」
「え。警察のお世話になったことがあるとか?」
冗談で言ったのだが、軽く頬をつつかれる。
真面目な顔を浮かべて待っていると、胸まで布団を引き上げられた。
「主を見つけたら、この旅は終わるんだな。って」
子どもを寝かしつけるように、胸の上に優しく手をおく。
その手つきと反対に、景さんは苦しそうに顔を歪めていた。
それだけで何となく、彼が言おうとしてることが分かった。俺達は主様を見つけたい。けど見つけたら、そこで旅する理由は失われる。本当の意味で他人に戻って、それぞれ別の人生を歩み始める。
俺はそれが寂しくて、あまり考えたくなかったけど、……彼も同じだったんだ。
「見つけたいけど、見つけたくない。矛盾してて最低だろ」
「まさか。……俺もです」
主様を見つけられないかも。
それと同時に抱いていた、もうひとつの不安そのものだ。
全ては、離れたくない、という感情に起因している。
長い月日を経てようやく巡り会えたのに、また疎遠になるなんて。そんなの、あまりに苦しい。
「前世は離れ離れで別れたから、今世はずっと一緒にいる。って選択はどうでしょ」
人差し指を宙に向けて見上げると、景さんは顔を綻ばせた。
「良いに決まってる」
ベッドが軋む。俺の顔の横に手を付き、彼は覆いかぶさってきた。
「都築。……好きだ」
「……っ」
視線が交わる。手のひらが重なり、指が絡み合う。
再び唇を重ねた。熱くて、頭も心もとけてしまいそうだった。
「景、さん……風邪うつっちゃいますよ」
「大丈夫」
「駄目駄目……」
彼の胸を押して離れるよう促したが、むしろもっと強い力で抱き締められる。顔はもちろん、腰も当たってどきどきした。
「景さ……っ」
額や口元、首に鎖骨……ありとあらゆるところに口付けされる。まるで自分のものだと確かめるように。
耳の中にまで舌をさしこまれた時、今まで感じたことのない感覚に襲われた。全身がぶるっと震え、つま先の力が抜けていく。
このまま彼の腕の中でとけてしまうんじゃないかと、本気で思った。
「あ……っ」
片脚が宙に向いて跳ねる。服を着てるからいいものの、そうでなかったらやば過ぎる体勢だ。
仰向けのまま、彼に向かって脚を開いている。
「ん……」
普段は眠たげなのに、今の景さんの眼は鋭かった。獲物を狩る猛禽のような瞳で、服の上からも俺を射抜いている。
「景さん、そんなに見られると恥ずかしいです」
「そりゃ、照れてる顔を見たいからな」
「意地悪……」
涙にぬれた眼じゃ、睨んでも迫力はない。目元を指で撫でられ、簡単に唇を塞がれてしまった。
「……止まんなくなりそう」
景さんも次第に息が荒くなっていた。辛そうに、額に浮かぶ汗を袖で拭っている。
「病人相手に盛んのはまずいな」
微笑を浮かべ、彼は体を起こした。でも、こちらとしては熱が上がったまま放置されたようで、切ない。
伸ばしかけた手を引っ込め、自身の額の上に乗せた。
「都築。どうした?」
「いや……景さんって、その……意外に積極的というか。でも引くのも早いというか」
横向きになり、両手で顔を覆う。
「実は経験多かったり……?」
「ない」
即答だった。きっぱりと言い放ち、彼は真顔で腕を組む。
「言ったろ。俺もお前しか興味ないんだ」
乱れた都築の襟元を直し、布団の下に手を入れる。
「っ!」
火照った部分のすぐ傍に手を添えられ、都築は震えた。
「もっと言えば、お前に関することならどんなに些細だとしても興味ある」
心はもちろん、……身体も。
景は都築の唇に、空いてる方の手で触れた。
「今日はここまでだ。ほら、ここにいるから寝な」
布団を掛け直し、頭を撫でてくる。
まだ不完全燃焼で、少しもどかしかったけど、彼の笑顔に全部持っていかれてしまった。
大変だ。
俺は、彼に溺れ過ぎてる。
「……おやすみなさい、景さん」
「おやすみ。……都築」
しとしと、優しい水音が鳴っている。
水溜まりの中から空を見ているみたいだ。綺麗で、透き通って。だけど陽射しが入って温かい。
彼の傍はいつもそう。心地よくて、怖いぐらいホッとする。
溺れるのが怖いなんて、今思えばアホらしい悩みだ。
俺はもう何百年も前に、彼がつくった池の中に住んでいたんだから。
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