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第20話
日中は脈がありそうな聖地を調べたり、自宅の光熱費をスマホで払ったり、昼寝したりした。
せめて家事をしたかったけど、景さんの部屋のドアをノックするのは申し訳ないと思った。彼の集中力は生半可なものではない。モニターに向かって、十時間は座っていた。
よーし……!
二十時を回った頃、意を決して彼に声を掛けた。
「景さん、お腹空きませんか。なにか出前とりますよ」
ドアをノックし、スマホだけひらひらと翳す。すると彼はハッとしたように、椅子ごと振り返った。
「悪い、もうこんな時間か」
「いえいえ、お疲れ様です。俺もすっかり熱下がったし、出前じゃなくてなにか買ってくることもできますよ」
そう言うと、彼は首を横に振って立ち上がった。
「休んでろ。出前をとる」
何が食べたい? と訊かれたので、ちょっと困りながら頬をかいた。
「俺はいいので、景さんが食べたいものを」
「俺のことは気にするな。……遠慮し合う仲じゃないだろ?」
「それは……」
そうですね。と言うには、長く付き合い過ぎた。
今世で再会してから、三ヶ月近く経っている。突然無礼講というわけにもいかないので、接し方も手探り状態だ。
「遠慮か……」
「?」
それでも躊躇っていると、彼は考えながら顎に手を添えた。
「堅苦しいから、もっと自分勝手に振る舞え」
「そんなぁ……無理ですよ」
景さんの提案は、またまた俺にとっては困るものだった。
「前世はタメだっただろ。本心も打ち明けた。何を遠慮する必要があるんだ?」
彼は脚を組み、可笑しそうに見上げる。
問題ありまくりだというのに、もう彼の中では解決済みになってる気がした。
景さんが質実なことと、前世の記憶が戻りきってないこともあり、敬意を払わないといけない気になるんだけど。
……いいのかな。本当に、昔みたいな関係に戻って。
「生意気なこととか言って、怒らせたりするかもしれませんよ」
「警戒してるな。いいよ、好きなだけ我儘になれ」
……今まで我慢して生きてたんだろう?
景は愛おしそうに目を細め、向き直る。
都築はパソコンで出前を検索し始めた景の隣に移動する。わずかに上擦った声で、はにかんだ。
「えへへ。どうしよ、すごい嬉しい」
「…………」
屈んでモニターを覗き込んでいると、不意に頭を撫でられた。
「景さん?」
「お前は本当に素直だよな。何でそのまんまで大人になれたんだか」
褒められてるのか貶されてるのか分からないが、彼のマウスに手を添え、メニューの一覧を眺める。
「景さん達のことだけ考えて、気付いたら大人になってました」
俺の二十年はとても長かった。それこそ気が狂いそうなほどに。
でも、彼と出逢ってからの経過は恐ろしいほど速い。
「ただ、長く生きてるわりに内面は成長してないからなぁ……」
「そんなことはない。お前は一番しっかりしてた」
「今も?」
「今は……そうだな。しっかりしてるかもしれない」
「退行しちゃった……!」
軽くショックだけど、今までで一番楽しそうな景さんから目が離せない。
俺も、控えめに言って最高の日だと思った。
本当に小さな一歩なんだろうけど、俺達は確かに前に進んでいる。
「ん~。ローストビーフ丼も美味しそうだけど……景さん、俺はこのジューシー盛々ハンバーグ丼にします」
「ほんとに病み上がりか?」
ひとりでは見えなかった景色。抱かなかった感情。
それを今、大切な人の隣で感じている。
隣で笑い合うことの喜びを、数百年ぶりに思い出した。
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