20 / 62

第20話

日中は脈がありそうな聖地を調べたり、自宅の光熱費をスマホで払ったり、昼寝したりした。 せめて家事をしたかったけど、景さんの部屋のドアをノックするのは申し訳ないと思った。彼の集中力は生半可なものではない。モニターに向かって、十時間は座っていた。 よーし……! 二十時を回った頃、意を決して彼に声を掛けた。 「景さん、お腹空きませんか。なにか出前とりますよ」 ドアをノックし、スマホだけひらひらと翳す。すると彼はハッとしたように、椅子ごと振り返った。 「悪い、もうこんな時間か」 「いえいえ、お疲れ様です。俺もすっかり熱下がったし、出前じゃなくてなにか買ってくることもできますよ」 そう言うと、彼は首を横に振って立ち上がった。 「休んでろ。出前をとる」 何が食べたい? と訊かれたので、ちょっと困りながら頬をかいた。 「俺はいいので、景さんが食べたいものを」 「俺のことは気にするな。……遠慮し合う仲じゃないだろ?」 「それは……」 そうですね。と言うには、長く付き合い過ぎた。 今世で再会してから、三ヶ月近く経っている。突然無礼講というわけにもいかないので、接し方も手探り状態だ。 「遠慮か……」 「?」 それでも躊躇っていると、彼は考えながら顎に手を添えた。 「堅苦しいから、もっと自分勝手に振る舞え」 「そんなぁ……無理ですよ」 景さんの提案は、またまた俺にとっては困るものだった。 「前世はタメだっただろ。本心も打ち明けた。何を遠慮する必要があるんだ?」 彼は脚を組み、可笑しそうに見上げる。 問題ありまくりだというのに、もう彼の中では解決済みになってる気がした。 景さんが質実なことと、前世の記憶が戻りきってないこともあり、敬意を払わないといけない気になるんだけど。 ……いいのかな。本当に、昔みたいな関係に戻って。 「生意気なこととか言って、怒らせたりするかもしれませんよ」 「警戒してるな。いいよ、好きなだけ我儘になれ」 ……今まで我慢して生きてたんだろう? 景は愛おしそうに目を細め、向き直る。 都築はパソコンで出前を検索し始めた景の隣に移動する。わずかに上擦った声で、はにかんだ。 「えへへ。どうしよ、すごい嬉しい」 「…………」 屈んでモニターを覗き込んでいると、不意に頭を撫でられた。 「景さん?」 「お前は本当に素直だよな。何でそのまんまで大人になれたんだか」 褒められてるのか貶されてるのか分からないが、彼のマウスに手を添え、メニューの一覧を眺める。 「景さん達のことだけ考えて、気付いたら大人になってました」 俺の二十年はとても長かった。それこそ気が狂いそうなほどに。 でも、彼と出逢ってからの経過は恐ろしいほど速い。 「ただ、長く生きてるわりに内面は成長してないからなぁ……」 「そんなことはない。お前は一番しっかりしてた」 「今も?」 「今は……そうだな。しっかりしてるかもしれない」 「退行しちゃった……!」 軽くショックだけど、今までで一番楽しそうな景さんから目が離せない。 俺も、控えめに言って最高の日だと思った。 本当に小さな一歩なんだろうけど、俺達は確かに前に進んでいる。 「ん~。ローストビーフ丼も美味しそうだけど……景さん、俺はこのジューシー盛々ハンバーグ丼にします」 「ほんとに病み上がりか?」 ひとりでは見えなかった景色。抱かなかった感情。 それを今、大切な人の隣で感じている。 隣で笑い合うことの喜びを、数百年ぶりに思い出した。

ともだちにシェアしよう!