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第21話
────今から約三ヶ月前。
都築は朝から晩までバイト漬けの日々を送っていた。
上京して一年ほど。新たな環境に飛び込むのは勇気が必要だが、飛び込んだら溺れないよう必死に泳ぐのが人間である。
泳ぎ方を教わってなくても問題ない。何がなんでも生き残ろうと藻掻く本能が備わっている。
週六で働くと家では眠るだけになったが、日曜日は気持ちを奮い立たせて外へ出掛けた。かつて仕えた主様と、あの子を捜しに。
大丈夫。
俺が生まれ変わったんだ。彼だって絶対、この時代に生まれてる。
心細い。先が見えない現実に何度も打ちのめされそうになったけど、彼と逢うことだけを考えて何とか乗り切った。
どうしようもないほど、心の拠り所だった。
雨が降って、風が吹いても、その気持ちが消し飛ぶことはない。
必ず見つけてみせる。
そして、俺の方から迎えに行く。
豪雨に見舞われた最期の日、確かにそう約束したから。
「ねっ、ここのドーナツ美味しいんだよ。買って食べようよ」
「おおー、いいよ」
週末。都会から離れた山間部。
この辺りの有名な滝を見る為、レンタカーでやってきていた。
車内から五月雨の景色を眺め、都築はシートベルトを外す。楽しそうに相合傘をしてるカップルが、車の横を通り過ぎて行った。
「ドーナツ……」
元々食べることが大好きだけど、大人になってからは辛さから逃れる為にお酒ばかり飲んでいた。これじゃいけないと思い、最近はお酒を控えている。
けどその反動で甘いものを求めるようになった。
ドーナツは後で絶対買おう!
車から下り、傘をさしてマップを確認する。目的地は、さっきのカップル達が下った道の逆側……。
隣に停まってるクラウンに当たらないよう傘を高く翳し、坂の上にある細道を上っていく。
高い高い杉の木、下を流れる小川、水たまりが反射する木道。
雨のせいか、鳥の声も聞こえない。時間が止まったような道をひたすら歩いた。
スニーカーの先が冷たいのはいくらでも我慢できるけど、ブレスレットに雫が落ちた時は慌てて袖で拭った。
進んだ先に現れたのは、規模の小さい滝。可愛らしくて、何だか子どものような印象を受けた。
観光客も数人いて、下調べした通り人気の観光地なのだと思った。
「あの、すみません。写真撮ってもらえませんか?」
「あっ、はい!」
途中、仲睦まじい家族連れの写真を撮り、小さな子とバイバイした。
喧騒とは無縁の素敵な場所だけど……主様はいないな。
最後の観光客が帰路に向かい、ひと息つく。
このまま引き返しても良かったが、奥にもう一つ滝があったことを思い出し、進むことにした。
水位が上がって危険だから、雨の日に柵などの仕切りのない滝に行くべきではない。それでも、この時は頭より先に足が動いた。
なにかに突き動かされるように鎖場へ向かい、滑らないよう岩に手を伝いながら上っていく。
少し息が上がりながら辿り着いた先には、一本の純白な滝。エメラルドグリーンの滝つぼ。そして、ひとりの先客がいた。
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