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第23話
三ヶ月前のあの日が、昨日のことのように思い出せる。
都築はシャツを羽織り、左手のブレスレットを撫でた。
夕刻、景の部屋でぼうっと窓の外を眺める。高いから眺望抜群で、何もなくても癒された。下手したら一日こうしていられるかもしれない。
思えば、東京に来てからずっと忙しない日々を送っていた。睡眠時間を削り、遊びもせず、無我夢中で働いた。
それが景と再会し、行ったことのない場所を旅し、こうして緩やかに時間の流れを感じている。
「幸せだな……」
こんなに幸せで良いんだろうか。そろそろバチが当たりそうで怖い。
膝を立て、天井をあおぐ。
自分が手に入れられなかったものをたくさん与えてくれる青年を想い、唇に触れた。
また、景さんに触れたい……。
恥ずかしい願望に火が灯ったとき、インターホンが鳴った。
隣室で仕事中の景が玄関へ向かったようだが、やけに騒がしい。物音と、どんどん大きくなる足音に不安が募る。
誰が来たんだろ。
見に行くのはマズいか? 腰を上げて逡巡したものの、向かうまでもなく、相手の方からやって来た。
「あれ!? 男の子だ!」
「え?」
高速ノックの後、部屋のドアを開けたのは黒いロングヘアの女性だった。瞬時に美人、という単語が頭上に浮かぶ。
しかし状況が飲み込めず、フリーズしてしまった。
冷静に考えると、寝室にいること自体まずかったのでは?
「あの、すみません。俺は……」
不安になりながら立ち上がると、彼女の後ろから景がひょこっと顔を出した。
「実家じゃないんだから、ことわりなくドアを開けないでくれるか」
「ごめんごめん、でもあなた、ノックしても返事しないじゃない」
「……」
女性は景さんに振り返り、ひらひらと片手を振っている。
それはそうと……実家って、まさか。
「景さん、こちらの方は」
「姉。いきなり押し掛けて来た」
「初めまして、海美 です。弟がいつもお世話になってます。突然ごめんなさい」
差し出された手を取ると、ぶんぶんと振られた。居酒屋バイトでこういうノリは慣れてるので、それほど動揺はしないが。
「あは、お世話になってるのは俺の方です。でも景さん、お姉さんいたんだ……」
家族構成は特にプライベート領域だった為、軽く衝撃だ。
さすが景さんの実姉。目鼻立ちがはっきりして、どことなく妖艶さも帯びている。
しかし性格は彼とは正反対で、非常に積極的だ。
「そう、二人姉弟なの。私のことは遠慮なく海美って呼んでね」
「あ、はい! 俺は名田都築といいます。宜しくお願いします」
「都築くんね。良い名前」
海美は笑顔で鞄を持ち替え、次いで景の方を見た。
「景、都築君はお友達なのかしら」
「……」
「あなたが歳下の子と仲良くなるのは珍しいわね」
「……」
「あら、カーテンの色アイボリーに変えたのね。良いじゃない。黒で揃えたら部屋が狭苦しく見えるだけよ」
電柱のように佇む都築と、石像のように壁に寄りかかる景。そして忙しなく動く海美。
少々シュールな状況だが、さすが姉弟である。景が黙っていても会話は成り立つらしい。
はたから見たら海美さんがひとりで喋ってるみたいだけど、景さんはちょいちょい視線を動かしてるので、何だかんだ察することができるんだろう。
つい見とれていると、海美と目が合った。
「ふふ。ごめんね、バタバタしちゃって。久しぶりに来たから色々心配で」
「とんでもない。景さんのお姉さんと会えて嬉しいです」
「あらー、都築くんって本当にいい子ね。景は何にも言わないから大変でしょ。昔から通訳してるから、困ったことがあったら私を介して大丈夫よ」
「わあ! ありがとうございます」
心強いと思って拍手したが、景さんから殺気を感じた気がして手を止めた。
再び空気と同化することに集中してると、痺れを切らしたように景さんが前に踏み出した。
「それで、何の用?」
「何よー。用がなかったら会いに来ちゃいけないの? お母さんがいなくなって……今はもう、唯一の家族なのに……」
海美さんは口元を手で覆い、目に涙を浮かべる。
景さんのお母さん……まさか、もう他界されてるのか。
シリアスな話だし、部外者は席を外した方がいい。鞄とパーカーを持って、景さんが寄りかかってるドアの方へ向かう。
「景さん。事情は分かりませんが、お姉さんのこと大切にしてあげてください」
「真に受けなくていい。あれは嘘泣きだ」
「ちょっ、そんな酷いこと言わないで……唯一の家族なんでしょ?」
「両親とも生きてる。仕事でイタリアに行ってるんだ」
「あ……そうですか……」
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