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第24話
「はいっ、お待たせ! 特性チーズダッカルビとなんちゃってキンパ」
「わーっ美味しそう! いただきます!」
それから一時間後。
俺と景さんはダイニングのテーブルで、海美さんの手料理が並べられる様子を見ていた。
聞けば海美さんは既婚者で、家事をしながらバリバリ仕事してるらしい。美人で優しくて料理も上手いなんて、旦那さんは幸せだろうな。
「男の子だからって、ちょっと作り過ぎちゃったかな。苦しくなったら残してね」
「美味っ……多分完食できます」
とけたチーズと濃いソースの組み合わせは、控えめに言って罪だ。両頬を膨らませながらハフハフしていると、景さんは困ったように額に手を当てた。
「……昨日熱を出してたとは思えないな」
「えっ? 都築くん、体調悪かったの!?」
「はい。でも今は下がったので大丈夫です」
白米と一緒に肉を頬張ると、海美は心配そうに席に着いた。
「病院に行かなくて本当に大丈夫?」
「ええ、ただの冷えだと思います。自分の家に帰ろうと思ったんですが、景さんが看病するって言ってくれて……本当に感謝してます」
「んまぁ……」
笑顔で言うと、海美さんは心底驚いた様子で、俺の右側を見た。
右隣に座る景さんは、黙々とご飯を食べている。いつもより若干食べるペースが遅い気がしたけど、それには触れずにお茶を飲む。
海美さんはエプロンを外すと、財布からお金を抜いて景さんに手渡した。
「何」
「お酒飲みたくなっちゃった。お願い、ちょっとコンビニで買ってきてもらえない?」
「海美さん、それなら俺が行きますよ」
箸を置いて言うと、彼女はかぶりを振った。
「病み上がりの都築くんには絶対行かせられないわ。好きな物買ってきていいから。ね、景」
二人は数秒見つめ合う。やがて景さんは席を立ち、渋々上着を羽織った。
「あれ。景、お金はー?」
結局海美さんのお金は受け取らず、景さんは出掛けてしまった。
「すみません。ご馳走にもなって、何もしないで……」
「やだ、都築くんは休まなきゃ駄目よ。それに景は機嫌良いから大丈夫」
「え? 機嫌良いんですか? どこら辺が?」
「うーん、どこだろ。まあでも、こっちをよく見るし?」
それは機嫌が良いの指標に入るんだろうか……。
不思議だけど、姉弟だから分かる何かがあるのかもしれない。
海美さんは財布を仕舞い、小さく息をついた。
「あの子、昔から反応がないって言われるんだけどね。私からすれば、いつも忙しい子だと思ってた。喋らないだけで、頭の中ではすっ……ごい色々考えてるから」
麦茶を入れ、一息に飲み干す。彼女は可笑しそうに口端を上げ、背もたれに手を乗せた。
「そうそう。私、景抜きで都築くんと話したかったの」
「はいっ?」
急な告白に、声が裏返る。
何だろう。
なにか気に障ることをしたのかも。緊張を孕みながら待っていると、彼女はにやにやしながら頬杖をついた。
「無理に言う必要はないけど。実際、景とはどういう関係?」
「関係?」
「友達なの? 歳は離れてそうだけど」
「あぁ。……友達です。ドライブ中にたまたま知り合って、意気投合したんです」
さすがに耐性がついてきたので、ここは口ごもらずに答えた。
まるっきり嘘でもない。三ヶ月前に知り合い、それからちょくちょくドライブへ行くようになったと話した。
その間、海美さんは真剣な表情で相槌を打った。大人になった弟に対してここまで食い気味に訊くのは……彼を本当に大切に想ってるからに違いない。
「ごめんね、都築くん」
彼女は腑に落ちたような、しかし少し暗い面持ちで呟いた。
「私、景に恋人ができたんじゃないかと思って、確かめに来たの」
危うくお茶を吹き出すところだった。それをしたら二度とこの家の敷居をまたげないと思い、すんでのところで口元を押さえる。
「何でそう思ったんですか?」
「普通の人みたいな生活をしてるからよ」
「普通の人ですよね?」
論点がズレ始めてる気がしたが、念の為確認すると彼女は両手で頭を押さえた。
「ううん。朝起きて夜眠るとか、一日三食食べるとか、そういう規則正しい生活とは無縁だったのよ。部屋は散らかり放題だし、肺ガン待ったなしのヘビースモーカーだったんだから!」
俺は綺麗な景さんしか知らないから、やさぐれてた頃もちょっと見てみたいかも。
なんて楽観的に考えてしまったが、海美さんは深刻に悩んでいたようだ。目の下にクマをつくり、力無く項垂れる。
「子どもの頃から定期的に行方不明になるから、親も高校以降は捜索願いを出さなくなったわ」
「ひえ。それは大変でしたね……」
「うん。でも、ここにきてまた大変なことが起きたのよ。見て」
彼女はガバッと起き上がり、自身のスマホで写真を見せてくれた。
そこに映っていたのは、贈答にぴったりな写真立てだった。縁は花の形に装飾されていて、三面にして飾ることができる。
「私の誕生日に、これを送ってきたの。三十二年生きて初めてよ。プレゼントをもらったのは」
怖くない? と尋ねられる。
「……」
何となく、言いたいことは分かる。
「私、景が交通事故に遭うんじゃないか……もしくは突発的な発作で死んじゃうんじゃないかと思って、気が気じゃなかったの」
海美さんは再び倒れ、嗚咽し始めた。
「でも不幸のサインと思うのはやめたわ。怖すぎるし、他に可能性があることに気付いたから」
海美は指を鳴らし、したり顔を浮かべた。
部屋が整理整頓され、煙草もやめた。彼をそうさせた要因はなにか?
「景が真っ当な生活に戻った理由。それは、好きな人ができたからよ!」
「おぉ……!」
高らかに断言した彼女には謎の説得力があって、前のめりに拍手してしまった。
「確かに。好きな人ができたら自分の駄目なところを直したい、って思いますもんね」
「でしょでしょ? でもあの子、口下手だから心配でねぇ。姉として直接確認しに来たってとこ」
「なるほど~……!」
……ん?
彼女がいると思って景さんの部屋を開けたら、ベットに座ってる俺がいたってことか。それじゃあまるで、
「私、都築くんが景の恋人なのかと思っちゃったわ」
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