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第25話
大爆破。
全てが吹き飛び、焼け野原と化す映像が頭の中で流れた。ジ・エンドのテロップまでしっかり入り、暗幕が垂れ落ちる。
「だって都築くん、女の子みたいに綺麗だし。むしろ景と付き合ってたら、一体どっちがどっちに……なんて想像もしちゃった」
「海美さん? 一旦落ち着きましょう」
お茶を注ぎ足して、彼女に促す。動揺を悟られないようなるべく真顔を意識し、ゆっくり尋ねた。
「海美さんは、そういうの拒否感ないんですか?」
「ないわ。友達にいるもの」
即答だった。景さんもこういうところあるから、姉弟揃ってらしい。
「ごめんね、ドン引きさせちゃって」
「いえ、俺の方こそすみません。何で寝室にいるんだ、って思いますよね」
申し訳なくて俯くと、彼女はすぐに否定した。
「全然。そこにいたのが誰かってことより、景が自分の部屋に誰かを入れてる、ってことが衝撃だったの。身内以外と積極的に話そうとしない子だから、嬉しかったんだよ」
海美さんは懐かしそうに目を細め、微笑む。その姿を見たとき、胸の中が温かくなった。
景さんのことを心から心配してる人がいる。
俺は保護者じゃないけど、長く一緒にいた身として心配だった。今世では歳上でも、昔とはまるで違う性質の彼に憂慮が絶えなかったから。
目頭が熱くなるのを感じながら、瞼を伏せる。
本当に、良かった。
「海美さんも、生まれてきてくれてありがとうございます」
「え? 何何?」
お辞儀すると、彼女は可笑しそうに首を傾げた。
「あはは! 私は変わってる自覚あるけど、都築くんも面白い子だね」
温かい空間で、温かい声が響く。
「景の傍には、君みたいな優しい子にいてほしいな」
旅の最中とは違う落ち着きに、いつしか全身の力が抜けていた。
「景に聞いても絶対誤魔化されるけど、私は恋人がいるに一票」
海美さんはグラスを持ち上げ、後ろにぐっと仰け反る。
「……そもそも景は小さいときから、ずっと誰かを捜してたのね」
「え」
思わず身体の向きを変え、彼女に詰め寄る。
「その話、詳しく聞かせてもらえませんか」
「もちろんいいよお。って言っても、小学生のときに一回聞いただけでね。あの頃は景もウブで、私に頼ってきたのよね。可愛かったなぁ~。お姉ちゃんって泣きついてきたのは、あれが最初で最後だわ」
姉の海美さんに相談をしたのは、後にも先にもその時だけらしい。そして内容は、ほのぼのとしたものだった。
「仲のいい女の子に告白されて。傷つけそうで困ったけど、断ったんだって」
「な、なるほど。……断ったのは、どうして?」
「もっとずっと昔に、将来を誓い合った相手がいるから。って」
……っ!
「ませてるよねぇ。まるで何十年も前に婚約したひとがいるみたいに言って」
ずっと昔というのは、幼稚園時代とかではないだろう。
周りが想像もしないような、古びた時代のことだ。
でも俺は、景さんの気持ちが痛いほど分かる。
何故なら俺も、取り繕うことができなかった幼少時、告白してきた子に似たようなことを言ったからだ。
額に手を当てて俯くと、海美さんは興味深そうに髪を揺らした。
「やっぱり都築くんはすごいね。こういう話しても全然驚かないもんね」
「あはは。前世とか、本気で信じちゃってるタイプの人間ですから」
「あら、良いじゃない。ロマンあるよ」
彼女はにこにこしながら、ぐっと腕を伸ばした。
「こういう話は控えてたんだけど、何故か君には話せちゃった。……これからも景のことをよろしくね、都築くん」
「こちらこそ。ふつつかですが、宜しくお願いします」
改めて笑い合う。ゆるやかな時間の中で、再び決意した。
俺にとって一番大切なのは景さんだ。今世では絶対に傍に寄り添い、守り抜く。
小さな火を心に灯し、息を吸う。
俺達は二人でひとつ。運命とか奇跡とか、色々言い換えることはできるけど、巡り会えたのは主様のお力のおかげかもしれない。
この命が尽きるまで、この世の全てに感謝し、大切に磨いていこう。
「あ。そういえば景は昔から水場に行くとソワソワしてねー。中学ぐらいまで、てっきりトイレに行きたくて仕方ないんだと思ってたよ。トイレはあっちだよって教えてあげたら急に拗ねちゃってさぁ~」
「あはははっ! それすごくおもしろ……って」
海美さんの言葉に笑ったものの、同時に現れた影に戦慄する。
「楽しそうだな」
「けっ景さん……!」
「あ。おかえり~景。お疲れ様」
景さんが帰ってきたことにまるで気付かなかった。
お酒が入った袋がテーブルにどんと置かれる。ふにゃふにゃしてる海美さんとは反対に、背筋がぴんと伸びた。
「トイレが何だって?」
「あっ。いえ、俺は何も聞いてません」
「まぁまぁ! ありがとね、景。それじゃ改めて乾杯しようよ。カンパーイ!」
と、海美さんはひとりでビールを開けて乾杯した。
「ほらあ、じゃんじゃん飲みなさい若人達」
「海美さんって飲むとハイになるひとなんだ……」
「いつもハイだよ」
景さんも席についたことで、新たに飲み会が始まった。
海美さんは追加で料理を作ってくれて、飲む量も増え。三時間後には、もう帰れないほどべろべろになっていた。
「海美さん、ちょっとお水飲んでください」
「うへ~……もう無理……」
「温かいお茶の方がいいかな」
温かい烏龍茶を渡し、彼女の口元まで持っていく。何とか半分まで飲んでもらい、ソファへ誘導し、ブランケットをかけた。
ダイニングを振り返ると、景さんは缶を片付けながら誰かと電話していた。
「えぇ、そうです、タクシーを呼んで帰らせますので。……え、迎えに? 大丈夫ですか?」
少し驚いた様子で話してる。
「ありがとうございます。それでは後で……」
景さんは通話を切ると、こちらへやって来た。
「介抱させてすまない」
「全っ然。居酒屋で慣れてるし、こんなの介抱のうちに入りませんよ。警察を呼んでからが、真の介抱です」
「壮絶だな……」
やや青くなりながら、景さんはソファの肘掛けに座った。
「姉貴の旦那に連絡したんだ。俺も飲んでるし、タクシー呼んで帰らせるって言ったら迎えに来ると」
「あ~……それなら俺も飲まなきゃ良かった。迎えに来てもらうの申し訳ないですね」
「いいんだよ。お前は無理やり飲まされてただろ」
病み上がりだってのに、と彼は少し不服そうに腕を組んだ。
海美さんがいるからか、初めて見る表情ばかりで、すごく新鮮だ。
彼女の隣では、やはり弟としての側面が出る。
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