26 / 62

第26話

「俺は昔の景さんを知らないけど。海美さん、すごく喜んでましたよ」 海美さんが彼を大切に想っていることと、それを知って嬉しかったことを伝えた。 「本当に素敵なお姉さんですね」 「…………………あぁ」 景さんは長考の末頷いた。 お互い思うところがあるのかもしれないけど、根本的なところでは信頼してるんだろう。 床に正座し、膝に手を置く。二人を見上げるような形で、深く息を吸った。 「景さんがずっと捜してた人、見つかったんですね」 「姉貴から聞いたのか?」 「はい」 「ほんとにお喋りだな」 景さんはため息をつき、瞼を伏せた。頬が赤らんでるから、多分照れてる。 「海美さんは、それが景さんの恋人なんじゃないか、って言ってました」 「…………」 景さんはソファの背に腕を乗せ、寝息を立ててる海美さんを一瞥した。 「正解」 言わないけどな。と言って、彼はベランダに出た。立ち上がって、彼についていく。 夜景は宝石のように、七色の光を散りばめている。一度見たら視線を外せなくなった。 まるで景さんみたいだ。宵風を受けながら、深く息をつく。 「物心ついた時からずっと捜してたよ。お前のこと」 風と共に、頬を撫でられる。全てがスローモーションのようで、体の向きを変えるのも一苦労だった。 景さんと正面から向き合うことが、少し怖かったのかもしれない。変に緊張して、力が入ってしまっていた。 「誰にも理解されなくても、お前にまた逢えるなら……それだけ考えて、がむしゃらに前だけ見て走ってきた」 「景さん……」 「これからは、もう少しスピード落として、寄り道しても良いかな」 だらんと落とした手が触れる。ゆっくり繋いで、力を込めた。 「もちろん! たくさん寄り道して、素敵なものを見つけましょ。……これからは、二人で!」 笑いかけると、彼は風で靡く前髪を押さえ、微笑んだ。 「ありがとな、都築」 「こちらこそ」 一歩前に出る。踵を浮かせ、彼と距離を詰めた。 景さんに触れたい願望が溢れかけたとき……ベランダまで、インターホンの高い音が届いた。 「あっ。景さん……」 「来たか」 彼は少し残念そうに呟き、俺の手を引いて室内に戻った。 一緒に玄関まで向かい、景さんが扉を開けるのを待つ。 「どうも、遅くにすみません」 「や、久しぶり♪ こちらこそごめんね、景くん」 ドアの先に佇んでいたのは、温和そうに微笑む青年だった。 この人が海美さんの旦那さんか。景さんの隣に移動すると、挨拶するより先に彼は首を傾げた。 「おや。こちらは?」 「……友人です。二人で飲んでる時に姉が来たので、三人で飲んでたんです」 「あ~、それじゃ楽しいとこ邪魔しちゃったんだな。本当に申し訳ない……!」 「いえいえ。ご飯作ってくださったんですけど、すごく美味しかったです」 慌てて手を振ると、彼は少しホッとしたように胸に手を当てた。 海美さんの夫、光俊さんは気さくな人で、海美さんとはまた違う安心感があった。泥酔してる海美さんを優しく運び出し、車の後部座席に座らせる。 俺と景さんも駐車場まで見送りに行き、窓を覗いた。 「目が覚めたら、帰れなくなるまで飲むなって言っておくよ。都築くんも、本当にごめんね」 「いえいえ! 帰りお気をつけて」 「ありがとう。海美が世話になったし、今度景くんとウチにおいでよ。焼肉でもしよう」 「わあ。お肉……」 あれだけ食べたというのに、焼肉を想像したらまた胸が踊った。 思わずよだれが出そうになるのを堪え、礼を言う。微笑む光俊さんに、景さんは会釈した。 「それじゃ……義兄さん、宜しくお願いします」 「ほいほい。景くんも仕事無理しないように。またね」 景さんに手を引かれ、後ろに下がる。 彼らの車が完全に見えなくなるまで、その場に佇んだ。 「疲れた」 「あはは。良い人達じゃないですか」 「朝まで付き合わされることもあるんだ」 景さんはエレベーターのボタンを押す。二人で乗り込み、上昇する窓の景色を眺めた。 「そういえば、景さんお酒はあまり飲まないけどヘビースモーカーだったんですね」 「あぁ」 「今は吸ってないでしょ? 完全にやめたのすごいです」 ドアが開き、内廊下を歩く。歩幅を広げてついていくと、彼は不意に立ち止まった。 「そりゃあストレスのもとがなくなったし。もっと満足できる環境になったからな」 「と言うと?」 鍵を開け、部屋に入る。景さんはドアの鍵をかけると、前に屈んで笑った。 「お前がいるから」

ともだちにシェアしよう!