27 / 62
第27話
ドアに押し当てられ、彼を見上げる。
やっぱり、俺にとっては景さんの存在そのものが反則だ。
今まで生きてて求められたいと思ったことは一度もないのに……彼から与えられる熱は、俺の“今まで”をことごとく溶かしてしまう。
もう駄目だ。
ベランダでできなかった続きに焦がれ、ドアに手をつく彼に助けを求めた。
「景さん」
「何」
「あのですね。その……ええと……」
羞恥心から何度も言い淀む。しかしこれ以上待たせてもいけないと、彼の目を見て言った。
「キスしたい。です」
「……!」
不安や緊張、その他諸々を強引に押しとどめ、思い切った。顔から火が出そうなほど恥ずかしかったけど、景さんは驚くこともなく、にやっと笑った。
「駄目ですか?」
「まさか」
両手を繋ぎ合わせ、彼は唇を塞いできた。熱い舌がさしこまれる。それは深く深く、俺の中を暴くかのような動きをした。
息を奪われ、苦しさのあまり彼の背中に手を回し、縋り付く。
熱い。頭の中もとけそうで、何も考えられない。
「景さん……とけちゃう……っ」
「……っ」
腰をしっかり支えられているものの、脚の力が抜けてがくがくと震えた。
キスだけでこんなになるの、おかしいって思われるかな。
不安なまま、涙を浮かべながら彼を見る。崩れ落ちそうな脚の間に片膝を入れられ、座るような形になった。
「あんまり煽ると後悔するぞ」
「……だって……っ」
口元を手で隠しながら、肩で息をする。
全身が熱い。このまま何もされなかったら、それはそれでどうにかなってしまいそうだ。
「大好きなんです……景さんになら……何されてもいい……!」
「……だから……っ!」
景さんは額を押さえ、これまでにないほど顔を赤くした。瞼を伏せ、片膝を下ろす。
支えを失い、俺はずるずると下に落ちた。玄関だと言うのに、彼も構わず冷たいタイルに膝をつく。
そして、怒ってるのか照れてるのか分からない表情で告げた。
「めちゃくちゃにしたくなるから、マジでやめろ」
「ふええ……」
こちらとしてもどうしたらいいか分からない要求だ。
ただ想いを打ち明けてるだけなんだけど、景さんも苦しそうに呼吸している。
「本当は二十四時間触れていたい」
今まで触れられなかった時間を埋めるように。
景さんは潤んだ瞳で零した後、俺を抱き締めた。
「頼むから、自分を犠牲にしようとしないでくれ。もう耐えられないんだ。……お前を失うのは」
「景さん……」
熱い息が、徐々に胸を温めてゆく。
景さんは俯き、俺の胸に顔をうずめた。
遠い別れを思い出しそうになって、唇を噛み締める。彼の痛みが自分の胸をも貫いたようだった。
でも昔とは違う。俺は今の人生を……再び与えられた命を、大切につかうんだ。
首を横に振り、彼を強く抱き締める。
「約束します。もう絶対、貴方をひとりにしない」
気が遠くなりそうな月日を必死に耐え抜き、待ち続けた。
肉体の時間は有限。だが魂だけのときは無限だった。
何もできず、ただ浮遊するだけの時間を過ごした。
決して忘れはしないだろう。でも、またあの光に包まれるまでは……絶対に彼の傍にいる。
景さんは、赤くなった目でまばたきした。いつもと全然違い、幼い印象を受ける。
はえ~。可愛い。
思わず見とれていると、優しく頬をつねられた。
「可愛い」
「……」
それ、今俺が貴方に思ったことなんですけど。と言いたいのをぐっと飲み込み、彼の額に自分の額をつけた。
「そのうちかっこよくなるから安心してください」
「……今世ではどうかな」
「あと十年もしたら、絶対渋い大人になります!」
宣言すると、彼は可笑しそうに口を手で覆った。
大人二人が玄関に座り込んで、くだらないことで笑い合ってる。
うん。
しょうもないけど、やっぱり俺は幸せだ。
ともだちにシェアしよう!

