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第29話

俺と景さんは両想いだ。 多分。と小さい声で付けてしまうのは、やっぱり自惚れのようで気が引けるからだろう。 でも、彼との関係についていつも考えていた。 海美さんにも誤魔化してしまったけど……本当はちゃんと段階を踏んで、“恋人”だと断言したい。 「……よし!」 残ったカフェラテを飲み干し、深呼吸して電話をかける。 いつもなら、この時間は仕事を終えてるはずだ。 心臓がバックンバックン言ってる。 しっかりしろ、俺。 窓の外を見て必死に気持ちを落ち着かせていると、短い声が聞こえた。 『はい』 「あっ。景さん、俺です」 俺です、って何かオレオレ詐欺みたいだ。第一声から間違えた気がして、慌てて補足する。 「名田です。名田都築です」 『分かるよ。どうした?』 電話に出てくれた景さんは、いつもと変わらないペースで尋ねてくる。 「今お忙しいですか? お仕事中だったら、メッセージの方で連絡します」 『大丈夫。終わった』 スピーカーの先からカタン、とキーを叩いた音が聞こえた。 終わったのか、終わらせたのか……正直判断がつきにくいが、時間をとらせるのも悪いので、本題に入ることにした。 「ありがとうございます。景さん、今週の土日は晴れなので、捜索はできないんですけど……」 手元にあったグラスを握る。声が震えないように、なるべくはっきり声を上げた。 「良かったら、会えませんか。ご予定さえ空いてれば……一日」 何とか、言えた。 でも言い切ってから手が震えてきて、本当にチキンだな、と情けなくなった。 景さんの返事を聞くのが怖過ぎて、若干気持ち悪くなってきた。 あと十秒待たされたら気を失ってもおかしくないと思ったけど。 『わかった』 移動してるのか、少しの雑音と共に優しい声が聞こえた。 『土曜日で良いのか?』 「は、はい! ありがとうございます!」 思わず声が大きくなり、手で口元を覆う。 やった……! 『じゃあ一日空けておく』 まずい。頑張ってもにやけてしまう。 「待ち合わせについては後で、メッセージで送りますね。それじゃ、お仕事頑張ってください」 『あぁ、お前もな』 川のせせらぎのように、透き通った声が鼓膜にとける。 俺の時間が止まる。 『おやすみ。都築』 「はい。おやすみなさい。……景さん」 プツッ、という音が聞こえた後も、しばらくスマホを耳に当てていた。 彼の声を忘れたくないから。そして、笑顔をやめるのに時間がかかると思ったから。 電話ひとつでこんなにも鼓動が速まるなんて。下手したら寿命が縮みそう。 最後の客が退店し、BGMが変わる。都築はひとり、熱を持った額を押さえた。

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