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第30話
待ちに待った土曜日。都築は駅前の噴水広場でスマホを眺めていた。
昨夜は緊張してよく眠れなかった。まず、目的の場所へ上手く案内できるか。気を利かせることができるか。
……素敵なプロポーズができるか。
パターンは十種類ほど考えてきたが、いざその時が来たら全て吹っ飛ぶ自信がある。試験と一緒だ。
天気は本当についていて、雲ひとつない青空だった。スマホから顔を上げると、たくさんの人が楽しそうに歩いていた。
こういう景色を見るたびに、悠久の平和を願ってしまう。前世は戦と無縁の山村にいたけど、そこでは派閥や仕来り、飢饉で苦しむ日々を送った。
現代にも格差があるし、争いの渦中の国もある。今が一番良いと言い切ることはできないけど、少なくともこの国は、選択肢が随分広がった。
ただ生きることだけを目的にしないで……いつか全ての人が希望を見つけられる世界になってほしいな。
朝から色々考えてしまったが、ぶんぶんと首を横に振って気持ちを切り替える。
俺も恵まれてるんだ。人生二回目やらせてもらえてるんだから、しゃきっとしないと。
「都築」
密かに決意して深呼吸してると、名前を呼ばれた。声の方を振り返ると、そこには太陽の輝きに負けない美青年が立っていた。
「おはよう。待った?」
「待ってないです。……おはようございます」
わあ。イケメン。
特別な感情を抱いてる相手だというのに、薄っぺらい感想しか出てこない自分に辟易する。
でも実際、周りの女性達は景さんのことをちらちらと見ている。若干頬が赤く染まっていて、こんな状況でなければ可愛いとすら思った。
捜索時はカジュアルだけど、今日はもっとキレイめのファッションだった。
俺だったら先に言ってもらわないと、オシャレなレストランなんて入る服装は用意できない。さすがだ。
「どうした? ボーッとして」
「あっ。ええと、その……いつにも増してかっこいいと思って」
目を逸らし、俯きがちに答える。
「晴れの日に景さんと会うことって少なかったから、太陽の下で見るとさらに輝いて、直視すると火傷しそうです」
しっかりしろ、俺。一体何を言ってるんだ。
緊張のあまりパニックに陥ってると、景さんは耐えられない様子で笑った。
「ほんとに面白いな、お前は」
「どうも……」
「でも、お前も今までで一番大人っぽいぞ」
そう言うと、景さんは眼鏡を外して胸ポケットに掛けた。
「せっかく街中を歩くなら、いつもと違う格好で行くか」
「……はい!」
午前十時。街全体が活気に包まれる頃。
俺は初めて、景さんとプライベートで隣を歩いた。
というか、一応おデートのつもりなんだけど……気付いてないかもな。
先に宣言しておけば良かった。でも、これはこれでいいか。
身長が高い景さんは、人混みの中でも颯爽と歩いている。離れそうになってもすぐに見つけられるから、地味に助かった。
そして肝心のプランは……。
映画は好みが分からなかったから、やめた。そもそも景さんの趣味が分からなかったので、定番の観光地へ向かった。
東京のランドマークである高いタワーの周りに、外国人観光客もたくさん訪れる商業施設。ただ歩いてるだけでワクワクして、中のお店を回っていった。
「景さんは来たことありました?」
「一回な。でもそんなにゆっくり見られなかったから」
景さんは綺麗な和物が並んだ店で周囲を見回し、微笑む。
「最近はこういう場所に来なかったし……誘ってくれてありがとな」
景さんの笑顔を見たら、人混みの中でも音が止んだ。
「こちらこそ……」
恥ずかしくなって、つい顔を逸らしてしまう。すると景さんは、突然俺の手を引いた。
「プラネタリウムは行ったことある?」
「え。ありません」
「じゃあせっかくだし寄ってくか」
青森じゃ散々だったからな、と言い、彼はエスカレーターに乗った。
そういえば腰も打ったんだよな。恥ずかしい。
黒歴史を思い出していたけど、ちょうどいい時間帯に上映作品があった為、彼と中に入る。
カップルも多くて、妙にどきどきした。
「ここはアロマもあるから、リラックスしたい時に良い」
「へぇ……疲れてるときにも良いんですね」
三十分程度の上映なら、結構すぐかも。
リクライニングシートの為倒そうとしたが、レバーを何回引いても全然倒れない。
「あれ……! おかしいな。俺のシート壊れてるのかも」
「それ俺のレバー」
どうやら景さんのレバーを引きまくってたらしい。彼はこちらに身を乗り出すと、反対側にある俺のレバーを引いた。
「っ!」
無事に倒すことができた。……ことは良かったのだが、これだと景さんが俺に覆い被さる形になる。
既に劇場内は暗く、周りにお客さんはいない。騒がなければなんて事ないけど。
景さんは俺の胸に手を当て、かすかに聞き取れる声で呟いた。
「キスできそう 」
「な……っ!」
火がついたように顔が熱くなる。彼の胸を押し返し、小声で抗議した。
「ここでは駄目ですよ」
「ここじゃなければいいんだな?」
「それは……っ」
人が増えてきた。中々どいてくれない彼に観念し、顔を逸らして囁く。
「誰もいないところなら……」
勇気を振り絞って言うと、彼はさっと身を引いた。シートを倒し、アナウンスが流れる前にぽつりと呟く。
「楽しみだ」
「……っ」
このひとは……。
下手したら、夜まで心臓がもたないかもしれない。
上映開始後はさりげなく手を握られた。
うぅ。
俺がエスコートしようと思ったのに、気付いたら翻弄されてしまっている。
想像以上に手強い。
作品が終わるまで、自分の心音がうるさくて仕方なかった。
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