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第32話

拳に力を入れる。 震えてしまわないように……彼の目を見て、はっきり伝えた。 突然過ぎる告白に、景さんは目を見開いている。 こんな表情をさせたのは初めてだ。少なくとも、今世では。 「……っ」 喉が焼けそうなほど熱くなる。まるでこれ以上は喋るな、と警告するかのように。 でも言ってしまったら後戻りはできない。 案の定プロポーズのレパートリーは全消去された為、シンプルな言葉で想いを伝える。 「前回の旅中や、景さんの家では曖昧にしちゃったけど……今ならちゃんと言えます。景さんのこと、恋愛感情として好きだって」 窓の外のネオンが綺麗だ。光の粒は、景さんが持つグラスのリムに反射している。 生まれて初めての告白。恥ずかしくて、頭はこの場と関係ないことを色々考えようとしてる。そのおかげで冷静さを保てているけど、どのみちパンクしそうだ。 この想いは、俺一人で抱えるには大きすぎた。 「俺の残りの時間、全部つかって幸せにします。だから、これからは恋人として傍にいさせてもらえませんか?」 思いのほか長くなったな……とか。 ちょっと周りくどかったな、とか。言い切ったら色々気付いた。疲労と緊張が波打ち、手がガクガクと震える。ポワレが全然切れない。切れる気がしない。 「……ええと」 すると、それまで沈黙を貫いていた景さんがようやく口を開いた。ワインを飲み、ゆっくりと置く。 「プロポーズ。してくれたのか」 どうやら、驚きのあまり頭の中で処理できてないらしい。 聡明な彼を混乱させてることに俺も驚いた。でも、何故か少しホッとして。 恐る恐る頷き返し、俺は鞄の中から小さな箱を取り出した。 「これは?」 「プレゼントです。指輪……はサイズ分からないし、俺と景さんはこっちがあるから」 左手のブレスレットを指でなぞり、次いで彼の左耳のカフスを指し示す。 元々は真珠単体で、俺は生まれたときから手に持っていた。多分彼も同じだろう。 前世で主様から頂いた宝石を、手軽なアクセサリーにしただけ。 「なるほどね」 箱の中にプレゼントがあるのではなく、箱そのものがジュエリーボックスで、プレゼントだ。景さんはそれに気付き、不敵に笑った。 「オツだな。誰かにアドバイスでも貰ったのか?」 「いえ! これは俺が選んで決めました!」 「これは?」 「あっ。プランはちょっと……周りに聞いたりしました」 小声で返すと、彼は目に涙を浮かべて笑った。 「ははっ! 本当に素直だな」 目元を指で擦りながら、彼はボックスを眺める。手触りを確かめるように優しく撫でて、俯いた。 「ありがとう。……今まで生きてきた中で、一番嬉しいプレゼントだ」 「景さん……」 「そもそも、こんな風に外に連れ出してくれたことが嬉しいんだけどな」 彼はボックスを両手で包むと、懐かしそうに瞼を伏せた。 「やっぱり、今日のはデートか」 「ですです」 即答して、何とか切ったポワレを口に運ぶ。すごく美味しいけど、上手く飲み込めない。 まだ不安と緊張は続いているのだ。プレゼントは、ずっと前から渡したかった。彼のカフスを仕舞う良いボックスがないか探していて、ようやく見つけた代物だ。 渡せたことは安心しているけど、自分にとっては告白の答えに押し潰されそうになっている。 「あ……告白なんですけど、今すぐ答えていただかなくても大丈夫です。少しでも考えてもらえれば」 「いや、今答える」 ひえっ。 有難いけど、心の準備ができてない。 あのときはそういう相手として、って言ったけど、気まぐれだったらどうしよう。 負の想像が頭の中を巡り、目の前がぐらぐらと回った。 酸素が足りず水面に上がる金魚のように、前後で揺れる。 「これが答えだ」 「え?」 目の前に、長三サイズの白封筒を差し出される。 「何です?」 「開けてみろ」 怖い。 絶縁状だったらこのフロアから飛び降りる自信がある。 恐る恐る封を切って開けると、中にはチケットが二枚入っていた。 これは、航空券だ。沖縄行きの。 「景さん、これって……」 「旅行先でプロポーズしようと計画してたのに、先を越されたからな。もう新婚旅行ってことにするか」 景さんはそう言うと、綺麗に切った備え付けの野菜を口に運んだ。 「新婚……」 今の今まで付き合えるかどうかで命懸けだったのに、話が飛躍して頭が真っ白になる。放心状態で俯いていると、スタッフの男性が心配して声を掛けてきた。 「お客様、大丈夫ですか?」 答えられない俺に代わり、景さんが答える。 「……大丈夫です。一時的なものなので、ご心配なく」 それを聞くと男性は胸を撫で下ろし、なにかあればお声掛けくださいと告げて去っていった。 「都築、そろそろ現実に戻れ」 「ひえ……」 フリーズが解けないことに痺れを切らし、景さんはテーブルの下で俺の靴を軽くつついた。 「今は何でもスマホだけど。紙のチケットって、雰囲気作りに良いだろ」 「えぇ……とても敵いません……」 「おい、別に勝負とかじゃないぞ」 景さんは呆れ顔で肩をすくめる。そしてグラスを持ち上げ、俺の方に差し出した。 「俺からもお願いだ。付き合ってくれ、都築」 しなやかな指、優しい瞳、透き通る声。 ずっと昔から、遥か先まで未来を見ていた少年。彼と今、同じ気持ちを共有している。 自分でも気付かなかった、本当の願い。 やっとだ。やっと……彼の隣に並ぶことができる。 最終的には、プロポーズすら持っていかれてしまったけど。こんなに嬉しい不意打ちはない。 「……はい。喜んで……っ!」 グラスを持ち上げ、彼に微笑み返す。 嬉しいとか、幸せとか、それだけじゃない。 長い長い時を越え、生まれ落ちたことに涙した。 あの方も、どこかで見てくれてるかもしれない。 景さんとまた巡り逢わせてくれたこと。主様にも感謝して、宝物のような一夜を過ごした。

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