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第33話 アウトプット

「休みとれて良かったなー、名田。思うんだけど、絶対彼女と旅行だろ」 「うん。ありがと、日々野。お前のおかげだよ」 「ああ! もっと褒めていいんだぜ」 バイト先へ向かい、めでたく付き合えたことを日々野に話した。やはり相手が男性であることは言えないので、上手く誤魔化しながら珈琲を渡す。 「感謝してるよ。本当にありがとう」 「ガチめに言われるとちょっと怖いな……」 彼は照れたり青ざめたり、表情が忙しい。 珈琲を飲んでぼやーっと見ていると、今度は笑顔で指を鳴らした。 「まっ、でも良かったよ。お前そういうの疎そうだから心配だったんだ。旅行先じゃカップルでしかできないことたくさんしてこいよ」 カップルでしかできないこと? 何だろ。考えても全然思いつかず、首を傾げながら夜のバイトに向かった。 居酒屋の方では、来月のシフトを増やしてもらうよう頼んだ。店長の男性、横矢さんはキーボードを叩き、シフト表を作成する。 「おー、たくさん入ってくれて助かるよ。できれば年末シーズンも宜しく!」 「はい。しばらく生活きついんで、極力入らせていただきます」 苦笑しながら言うと、梅野さんが事務室に入ってきた。 「おお~、お金貯めないとだねえ、名田くん」 今までのやり取りを聞いてたらしく、にやにやしながら俺の頬をつつく。ジュエリーボックスは自分で選んだけど、プレゼント案は梅野さんからアドバイスを貰ったので、改めてお礼を言った。 「でも本当におめでとう! 彼女さんも喜んでたなら良かったよ!」 「なに、彼女できたの? それ詳しく」 「詳しく話せるようなことは全然……あ、ホール忙しそうだから出ます!」 色々つっこまれそうだったので、慌てて部屋から退散する。無事に避難し、仕事に集中した。 相変わらず毎日忙しいけど、間違いなく充実している。 そうさせてくれた人は、ただ一人。誰にも言えないけど、今や世界で一番自慢の恋人だ。 「景さん、おはようございます!」 「おはよう」 翌々週、早朝。都築は空港のロビーで、軽く手を振った。 ソファに座っていた景は都築を認めると、キャリーケースを引きながら歩いた。 「寝坊しなかったな。偉い」 「寝坊したら終わりますよ……」 正式に恋人となり、初めての旅行。 それだけでも最高なのだが、沖縄に行ったことがない都築は二重でワクワクしていた。 「高校の修学旅行はどこ行ったんだ?」 「北海道です。俺の次の年から沖縄になったんですけど」 隣の席に座り、二時間半のフライトを楽しむ。 「景さんは修学旅行沖縄だったんですか?」 「あぁ。でも全然記憶ないな。ほとんど初めてと言ってもいい」 「あははっ。それじゃ新鮮ですね」 那覇空港に到着した後、すぐにレンタカーを借りた。 トランクにキャリーケースを入れ、最北へ向かう。初日は景さんの運転で、海沿いの道をドライブした。 「わ~! 綺麗!」 テレビで観るのと同じコバルトブルーの海が左に広がっている。窓を開けると、気持ちのいい風が車内に吹き込んできた。 「結構かかるけど、一気に先端まで行っていいか?」 「はい、お願いします」 休憩がてら道の駅でソフトクリームを食べたりもしたが、目的の岬を目指して車を走らせた。 俺達の今回の旅行は、恋人同士のバカンス……というより、また聖域を巡るスケジュールとなっている。 それは二人で話し合って決めたことだ。できる限り主様の手がかりを見つけたい。こうしてまた彼といられるのも、主様のおかげだから。 三時間近く走り、目的の岬に辿り着いた。駐車場に車が一台あったが、人はどこにも見かけなかった。 「静かで……空気の澄んだ場所ですね、景さん」 「ああ」 海の近くだから激しい波音が聞こえるが、それ以外は時が止まったように、静寂に包まれている。 「俺は主が南下するとは思ってない」 岬の脇にある、この地の龍神様を祀る龍神宮へ向かう。生い茂った草を掻き分けながら、細い道を下った。 「最南と最北にはそれぞれ強力な龍神が多い。そんな落ち着かない場所に身を置くとは思えないんだ。主は弱いからな」 「景さん。滅多なことを言ったら駄目ですよ……!」 確かに雨降らしの成功率は低かったから、否定はしないけど。 「でも、そう思ってたならどうして東北へ主様を捜しに行ったんですか? 今回だって……」 「“いない”という確信を得る為だ」 景さんは顎を引き、前方を示す。見ると、それまでの景色とはまるで違う、石灰岩に挟まれた小道へ出た。 ここはもう神様の拝所だ。深く一礼してから先へ進む。 この辺りで古くから信仰された龍神様なのだろう。 東北のお堂に訪れたときと同じく、体の内から湧き上がるものを感じた。 「すごい。けどやっぱり、主様の気とは全く別物ですね。前世では傍にいたからよく分かります」 祠と石碑に礼をし、都築は腕を組んだ。 「主様の雨乞いの力は、もう少し弱かったなぁ」 「お前も弱いって言ってるじゃないか」 「ちがっ……貶してるわけじゃありません! 主様は優しくてお淑やかな方だから、雨乞いしても小雨だったんですよ……!」 「性格が関係するのか……?」 景さんは怪訝そうに訊ねる。首を傾げながら俺のことを見ていたが、突如険しい顔つきで来た道を振り返った。 「景さん?」 「しっ」 彼は口元に人差し指を当て、静止の合図をする。 息を殺して振り返ると、岩壁を曲がった先に人の気配があった。 景さんとアイコンタクトして、一歩前に踏み出す。 「……あの。何で隠れてるんですか?」 静寂を壊さない程度に、壁の向こうに問い掛ける。 無視される可能性も考えたが、そこにいた人物はすんなり姿を現した。 驚いたのは、一人ではなく、二人の若い青年だということ。 「こんにちは。せっかくの雰囲気を壊したらいけないと思って、終わるまでお待ちしてたんです」 「あ。世喜さんったらまた誤魔化して。いつも有力そうな人を逃がすんだから、今回は真面目に訊こうよ!」 世喜と呼ばれた青年は、景さんと同年代に見えた。物腰は柔らかく、きちっとした襟元が知的に見せる。 反対に、その隣の青年の見た目は派手で、まだあどけない。都築の髪はダークブラウンだが、金に近い明るさでやんちゃな印象を受けた。

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