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第37話

「わ。さっきまで青空だったのに、一瞬で雨降ってきましたね」 「ああ。天気予報はアテにならないな」 続けて訪れた聖地は、県民でもあまり訪れたことがないという石林地帯だ。この地最古の神を祀る拝所が点在し、珍しい植物も多く自生し、観光地として営業している。 平日で雨のせいかお客さんは俺達以外見当たらない。 ガイドの女性が丁寧にエリアの解説をしてくれ、笑顔で出発地点に送り出してくれた。 「この辺りも、昔はもっと自然で溢れてたんですけどね。ここ十数年で随分都市開発が進みましたよ」 少し寂しそうに話していたのが印象的だった。 小雨の中傘をさし、そびえ立つ岩山を見上げる。 新しくできるものがあれば、当然なくなるものもある。時代と共に変化して、神様達の居場所も消えていったのかもしれない。 そう思うとやっぱり切なくて、足元に視線を落とした。 「どうした?」 あまり喋らなかったせいか、景さんは足を止めて振り返った。 「今まで巡った場所も……特別な指定区域とかじゃなくても、ずっと守られていってほしいと思って」 「……そうだな」 景さんは少し傘を上げ、立派な石灰岩を見つめた。 「ま、とりあえずここは大丈夫だろ。二億年も前から存在してる岩山だ。二百年ちょっとしかいない俺達が心配することもない」 「あはは、長過ぎて想像もできませんね。……って」 ハッとして、ぬれるのも構わず身を乗り出す。 「二百年? 景さん、昔の時代を憶えてるんですか?」 「大体な」 やっぱり、彼の記憶は俺よりずっと明瞭で、保持してる量も多いようだ。 なら、俺の記憶が中々戻らないのはやっぱり……終わりが突然過ぎたからだろうか。 密かに考えていると、あやすように頬を撫でられた。 「無理に思い出さなくていい。お前に大事なのは、昔じゃなくて今だ」 諭すような声掛けに、笑って頷く。 整備されたコースを巡り、大きな木の前で立ち止まった。 この地では精霊が宿るとされてる、神聖な木だ。 「何故こんなに時間を空けて生まれ変わったのか……お前は考えたことがあるか?」 「一応ありますけど、全然分かりません」 笑って言うと、彼もつられて笑った。 「俺もだ。ただ、魂は次の器を見つける前に一度浄化が必要で、それに数十年から数百年かかると聞いたことがある。本当かどうかは知らんが」 「待機期間が長いですねー……!」 「長過ぎだな。そりゃ記憶も失くすわけだ」 景さんはポケットに手を入れ、細い木道を進んだ。傘の端から零れる雨粒が、宝石のように彼の周りを落ちていく。 「でもそのおかげで、この平和な時代にお前と出逢えたから……待ち続けて良かった」 長い睫毛を揺らして、彼はスマホを取り出した。 「こっち来て」 「あ、写真ですか! 俺、あれ持ってきてますよ。自撮り棒」 サコッシュからコンパクトな自撮り棒を取り出し、スマホを装着する。二人とも画面に入ったことを確認し、シャッターリモコンを握った。 「景さん」 「ん?」 「俺は死んだ後の二百年より、生まれ変わってからの二十年の方が長く感じました」 画面を見つめながら、彼に話し掛ける。景さんも画面に映る俺を見ながら、耳を傾けた。 「体は動くのに、景さんを見つけられないことが歯痒くて、悔しかった。だからもう、絶対貴方を独りにはしません」 悪戯っぽく微笑むと、画面の中の彼がわずかに体を揺らした。 「撮ります!」 「……ああ」 中々良い一枚だったと思う。 スマホを外し、満足していると、不意に額に口付けされた。 「け、景さん……っ」 「こんな神聖な場所じゃなきゃ、もっとするんだけど」 神の面前だからな、と言って彼は歩き出した。 「……っ」 全身の熱が高まっていく。 内側から込み上げる願望が時々大暴れして、制御不能になりそうで怖い。 好き。 彼のことが好き過ぎて、頭がおかしくなりそう。 ため息を飲み込み、震える体を押さえながら彼の後を追った。

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