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第40話

流希さんは浴槽の端に移動し、両腕を縁に乗せた。お礼を言い、俺も端に寄りかかる。 「生まれ変わったと分かったとき、どんな気持ちだった? もう一回人生やり直せる、ラッキー! みたいに思った?」 「それが、意外と全然……動揺の方が大きかったよ。それと、常に焦ってた」 「何に?」 「分からない。……それが分からないことに焦ってた」 顔を上げ、湯気で瀰漫する天井を見つめる。膝を抱えて、静かに呟いた。 「でも、景さんと主様にまた逢いたい。って思ったとき、少し心が晴れたんだ。やりたいことが見つかってホッとしたのかもしれない。心残りというか、未練でもあったのかも」 拙い記憶を辿りながら、指を折った。 「ちょっと待ってて、って俺が言ったのに、景さんを残して先に死んじゃったから」 「それは……ごめんだけど、どうして?」 「どうしてだっけ。うーん……」 困ったことに、最期の方があまり思い出せない。 景さんに聞けば分かるかもしれないが、それが彼にとって辛いことなら、あまり口にしたくなかった。 流希さんはなにか言おうとしたが、逡巡して口を閉ざす。それから少し考え、質問を変えてきた。 「じゃあさ。前世では、景さんとどうやって知り合ったん?」 神様に仕えてたんだろ? と彼は腕を組んだ。それにはすぐ答えられるので、頷いた。 「景さんが滝に飛び込もうとしてたのを見つけて、止めたのがきっかけ」 「はあ!?」 簡潔に答えたせいで、流希さんは大きな声で反応した。 「何だよ、それ! じ、自殺ってこと?」 「自殺とも言えるし、他殺とも言える。飛び込もうとしたのは本人の意思じゃないから」 静かに告げると、彼は蒼白になりながら頭を掻いた。 「ちょっと待って。そもそも、都築ちゃんと景さんって人間だったわけ? そこからよく分からんのだけど」 「あははっ。俺達はただの人間だよ。今も昔も」 腕と脚を同時に伸ばし、ゆらゆらと揺れる湯面を見やる。 「水も食料も足りない村で生まれたんだ。大昔から龍神様を祀ってる村で、いつも雨乞いしていた。作物がとれるように、ある習わしを守って」 「習わし?」 流希さんの言葉に頷く。 今からずっとずっと昔の、渇いた時代。 山々に囲まれている為降雨が少なく、不作が続いて何度も凄絶な飢饉に見舞われた。 そんな折、村のずっと奥にある滝へと連れて行かれ、置き去りにされた。 龍神様への貢ぎ物。……毎年村が密かに立てていた、生け贄として。 「……冗談だろ?」 「冗談みたいなことを本気で信じる時代だったんだ」 けど、俺は運良く龍神様の目に留まり、生き永らえることができた。人を憎む人生を送らずに済んだのは、ひとえに主である龍神様の教えのおかげだ。 俺は滝の裏側に住んで、龍神様を祀る祠を建てた。 「主様は、人間の為に雨を降らそうとはしなかった。だから俺がいなくなった後も、村の人達は人柱の風習をやめなかったんだよ。そして、俺の次に選ばれたのが……景さんだった」

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