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第41話
景は水分をとった後、サウナ室の扉を開けた。
サウナが特別好きというわけではない。しかし会社勤めの頃、サウナ好きの同僚に付き合って目新しい場所を巡っていた時期がある為、見つけたら一旦は入るようになってしまった。
中は思いのほか広く、U字のベンチにひとりだけ座っていた。一番遠いところへ腰を下ろしたものの、そうすると先客と正面で向かい合う形となる。
ストーブを挟んではいるが、景はわずかに眉を寄せた。
「やぁ、奇遇だね」
相対するように鎮座していたのは、流希の連れ、世喜だ。
景は腕を組み、瞼を伏せた。
「強制的に視界から消す作戦、良いと思うよ」
「……話をする気はありません」
「まあまあ。若い子達が向こうで楽しくお喋りしてるんだし、僕達も親交を深めないかい?」
世喜は笑いかけたが、景は目を閉じたまま動かない。地蔵のように固まった景に苦笑し、世喜は自身の膝に頬杖をついた。
「流希はああ見えて純粋だから、都築くんのこと落としちゃうかもしれないよ」
世喜の台詞に、景はようやく瞼を開けた。しかし口は閉ざしたまま、ストーブの赤を見つめている。
「君は独りが好きそうだけど、都築くんを特別に想ってることはよく分かる」
世喜は扉の方に視線を向け、再び目の前の景を捉えた。
「それとも、もう付き合ってるのかな」
「……他人のことがそんなに気になりますか」
景は片手をベンチに置き、息をついた。座面を指先で叩き、低いトーンで声を紡ぐ。
「気になるね。それが人という生き物だし」
「俺は気になりません」
「でも都築くんのことは気になるだろう?」
「……それがなにか?」
声音こそ落ち着いているが、目には鋭利な光が宿っていた。景の静かな激情を感じ取り、世喜は前に屈み、秘密を打ち明けるように囁いた。
「たったひとりでも、興味のある人がいる。それは“良いこと”なんだよ。だから押し殺さないで大丈夫」
世喜は景の殺傷力高めの視線を受け流し、にこにこしながら腰を上げた。
「実は岬で会う前に、君達のことを空港のロビーで見かけたんだ。何故だか気になった。その理由をずっと考えてたんだけど」
真剣に考え込み、世喜は手を打った。
「視線かな。都築くんを見る君の目は、一般的な関係から超越している」
「……」
「かく言う僕も、流希を自分の命より大事に想ってる。だから勝手に親近感を覚えてしまったのかも」
世喜は景の真隣に腰を下ろし、嬉しそうに言った。
「意外と理解されない感情だから、前世の件は抜きに君と話したかったんだ」
「どうだか。前世の記憶は、注目を集める絶好のネタでは?」
凪いだ海上に、龍が潜む雷雲が姿を現したようだ。世喜は笑顔を保ちながら、息を殺す。
「其方の仕事に意見するつもりはありません。ただ、あいつが……都築が傷つくような真似だけは許さない。どんな手を使っても、相応の報復はさせてもらいます」
「……そうか。君の想いはよく分かった」
世喜は頷くと、持っていたタオルで景の額をぬぐった。
「都築くんを傷つけるようなことは絶対しないから、安心してくれ。まず、僕の前に流希が許さないだろうし」
「……」
「それにしても、あついね。とけそうだ」
片手を団扇代わりにパタパタとあおぐ。
「僕は前世の記憶はないけど、もし来世があるなら……そのときはまた、流希と逢いたい。きっとほとんどの人が同じ気持ちじゃないかな」
景はまばたきして、世喜のことを見返した。口を小さく
開き、膝に汗を滴らせる。
「来世を信じます?」
「もちろん。だから僕や流希にとって、君達の存在は希望そのものだ」
世喜は壁にもたれ、声を弾ませた。
「信じてもらえないかもしれないけど、僕達が君達を守るよ」
その言葉は、今までで一番真剣さを纏っていた。冗談など一切感じさせない表情で、世喜は自身の汗をぬぐう。
「情報発信より、僕達は不可思議な問題の解決を優先してる。君達に危害を加える存在がいるなら、何をしてでも守り抜こう」
「そんなことをして、なにかメリットがあるんですか?」
「困ってる人を見つけたとき、君は助けるメリットを考えるのかい?」
世喜は立ち上がり、熱気を帯びたタオルを肩にかけた。
「毎回そんなことを考えてるようには思えないけど。……君の可愛い都築くんなんて、特に」
「……!」
景は目を見開き、口を噤む。面倒そうに額を押さえた後、徐に立ち上がった。
「饒舌だから、尚さら詐欺師と疑われるんですよ」
「お、それは褒めてくれてるの?」
「……」
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