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第42話

視界が歪みそうなほどの熱気の中、景は腰に手を当てた。 「……都築は、損得で人を助けるような奴じゃない。現に俺を助けたことなんて、枯れそうな花に水をやったぐらいにしか思ってない」 「じゃあ、君は前世で都築くんに助けられたの?」 まぁ、と短く呟き、景は汗を拭う。 「この地域にある御嶽のように……昔は拝所で雨神に雨乞いするのが普通だった。俺は神の供物として、十四のときに親から滝に身を投げるように言われました」 景の話を聞き、世喜は息を飲んだ。 作り話などではなく、景が本当に体験した出来事なのだと、何故か本能で理解した。 轟々と唸るストーブの前で、ただ静かに、耳を傾ける。 「村には戻れないし、縄で足を縛られてたし、どの道死ぬ以外になかった。そんな俺を助けたのが都築です。あいつも俺と同じで、一年前、村で生け贄に選ばれた人間だった」 「それは……壮絶だったね」 世喜は口元を押さえた。山奥の小さな村の歴史なんて抹消され、美談にすり替えられていることもままある。犠牲になった人達が存在したことすら知らず、現代の人間は微笑ましく暮らしていると思うと、急に胸の痛みを覚えた。 「でも、幸せだった」 短い時間ではあったけど、間違いなく。景はそう零し、目を眇める。 「大勢から死ぬように言われても、世界から忘れられても。俺は好きな奴と二人だけで過ごしたら、どうでもいいと思える人間でした。都築も同じで、大人に期待なんてしてなかった」 支え合って生きる。なんて言うと大層立派に聞こえるが、現実はそんな綺麗なものではない。 食べるものも着るものも必要だし、それこそ泥だらけになって何でもやった。二人して知識も経験もなく、未熟だったから、全てが手探り状態。 そんな中でも小さな喜びと、幸せが確かにあった。 「俺だけはあいつを裏切らない。あいつも俺を裏切らない、と約束しました」 その約束は、今も有効である。 景はタオルを綺麗に畳み、ドアの方へ向かった。 あれほど警戒していたというのに……家族にすら伝えてない記憶を、今日会った青年に話したことが可笑しくて仕方なかった。 だが後悔しても遅い。都築を守っていくことに変わりはない為、冷静にドアノブに手をかけた。 「もし来世があるなら……貴方が彼にまた逢えることを祈ります」」 「景くん……」 扉を開け、サウナ室から出る。 大浴場も暑いはずだが、まるで外へ出たかのような涼風を感じた。 視界が鮮明になる。肺いっぱいに空気を吸い込むと、左側の浴槽で動く影が見えた。 「あ! 景さん、サウナどうでしたっ?」 そこには、縁に寄って笑う都築がいた。 「かなり長かったよなー。俺には絶対むり」 その隣で、流希が感心したように頷いている。 景はかすかに笑みをこぼし、彼らの隣にある水風呂に入った。 「ここはそこまで暑くない」 「そうなんですか。じゃあ入ってみようかな」 「都築ちゃんはやめたら? のぼせて倒れるよ」 流希は笑いながら言っていたが、景を一瞥し、再び都築に耳打ちした。 「都築ちゃんはあんま思ってないかもしんないけどさ……景さんって、相当都築ちゃんに感謝してると思うよ」 「え、何? 何について?」 「はは、分かってないな~。まあそれは俺から言わない方が良いな」

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