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第44話
「幸せじゃなかったら、こんな必死こいて捜してないだろ」
「そ、それはそうなんですけど。……分からないですよ。俺はアホだから、言葉にしてくれないと」
そこで初めて、都築は苦しそうに胸を押さえた。
「景さんは、俺とは全然違う、遙か遠い男のひとに見えたんです。昔の辛い記憶なんて捨てて、素敵なひとと新しい人生を歩まないといけないひとなんだ、って」
「買い被り過ぎだな」
景は苦笑し、都築の隣に座った。自分の望みとは逆行していると話し、冷蔵庫から水を取り出す。
しぶとく残るアルコールを飛ばすように、ひと息で半分近く飲み干した。
「……俺だって。お前に新しい恋人ができて、今を謳歌してたらどうしようと思ったよ。もちろん幸せでいてくれないと困るんだが」
彼の隣に、もう自分が座る席がないとしたら。
大人なのだから、その可能性は十二分にあった。けれどその不安と恐怖だけで、今の人生を閉じてしまえる気がした。本当は再会してすぐに恋愛事情について訊きたかったが、彼に恋人がいた場合を思うと、自分から地雷を踏みに行くことはできなかった。
大恩ある主を捜しながら、実際は関係ないことばかり考えている。なんて知ったら、彼はどう思うだろう。
幻滅待ったなしだと思った。けど、都築は心配になるほど頬を紅潮させていた。
「景さん、ほんとクールだから全然分かりませんよ」
「大人だから、そりゃ必死に隠すよ。……生まれ変わりってのも、中々に厄介だな」
「ええ。……でも、感謝してます。景さんに逢えただけで、俺の未練と無念は報われたから」
都築は目を泳がせた後、こちらを向いた。
多分抱き着きたいんだろうと思い、両手を広げる。すると彼は迷いなく飛び込んできた。
本当に、可愛い。
青年になっても、生まれ変わってもこんな可愛いなんて……彼こそ自分を象る“世界”だ。
柔らかい髪に触れ、強く抱き締めた。
「景さん、良い香りする」
「お前もな」
ここにいることを確かめる。何があっても離れない。
景は改めて胸に誓い、自分より一回り小さい手のひらを握った。
◇
「わ~! 今日は晴れだ!」
翌朝。珈琲を入れてカーテンを開けると、燦々と部屋に光が射し込んできた。
「景さん、ホテルの前にビーチありましたよね? 散歩行きましょう!」
「そうだな」
早朝の為か、ビーチを歩いている人は少なかった。都築はサンダルに履き替え、波打ち際を歩く。
「あははっ! 冷たい」
「遊ぶ準備は万端だな」
景は微笑み、傍の白いデッキに上がった。
そこでは一組の男女が写真を撮って、楽しそうにはしゃいでいた。なにかと思って見ると、白のアーチに付けられた鐘だった。
「あ。見たことあります、これ。幸せの鐘でしたっけ」
確か、鳴らすとその二人は永遠に幸せでいられるというもの。
ちょうどカップルがいなくなったので、景さんの後に続いてデッキに上がった。
「揺らしてみます? って、もうやってる」
こちらが提案するまでもなく、景さんはロープを握って揺らしていた。ところが音は鳴らない。錆びてしまってるようだ。
「だからさっきの人達も鳴らさなかったんですね」
「ま、ジンクスみたいなもんだろうからな」
景さんはロープを離し、軽やかにデッキから飛び降りた。
「それより、もっと効果ありそうな場所へ行こう」
「?」
チェックアウトし、景さんの案内のもと海沿いを運転する。途中に現れた海上の大橋は眺望が素晴らしく、思わず叫んでしまった。
「わー! すっごい綺麗!」
離れ小島の架け橋。橋の右側はコバルトブルーで、左側はエメラルドグリーンに見える。同じ海なのに色が違って見えて、ひたすら不思議だった。
橋は徒歩でも移動できる為、撮影を楽しんでる人達も見えた。
景さんが窓を開けた為、風が吹き込んでくる。風の音がうるさいから、大きな声で話した。
「こんな気持ちいい場所走るの、初めてです!」
「山もいいけど、やっぱり海もいいな」
橋を抜け、坂道を上っていく。小さな駐車場に車を停めて訪れたのは、やっぱりビーチだった。けどそこはただのビーチじゃない。聖地は聖地でも、いわゆるカップルの為の場所だった。
「見て見て、景さん。あの岩、ハートの形に見える!」
「そう。カップルだらけだろ」
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