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第45話
再び坂を下ると、透き通った海の上に、何とも可愛らしいハート型の岩が顔を出していた。
周りは写真を撮ったり、カップルは楽しそうに腕を組んでいる。家族連れはいるけど、今は男二人組は見当たらなかった。
「景さんすごい。良い場所見つけましたね!」
「……いや」
景さんはサングラスを外し、俺のサコッシュを指差す。自撮り棒を出すように言ってるんだと分かり、ごそごそと手を入れていたが。
「良かったら写真撮りましょうか?」
近くにいた二人組の女性が声を掛けてくれた為、慌ててスマホを手渡した。
「ありがとうございます。お願いします!」
「はーい。じゃ、撮りまーす」
自撮りだといまいち良い距離感が掴めないから、本当に良かった。撮ってもらった写真を確認し、女性達にお礼を言ってビーチを後にした。
「すごく綺麗でした。恋愛運向上しましたかね?」
「これ以上上げるもんもないんだが……ま、最高値だろうな」
珍しく景さんも満足しきった様子で、車の冷房を入れた。
周りの人達には分からないかもしれないけど、初めてデートしている。それだけで嬉しくて、はしゃいでしまう。
「主様に申し訳ないです。こんな風に遊び呆けて、景さんとはイチャついて……あ、あそこで売ってる紅芋パフェ食べましょう!」
「申し訳なさ微塵もないな」
その後は海を眺めながらドライブした。道も混む為夕方には市内へ戻り、最後に泊まるホテルでチェックインした。
観光スポットの大通りに行きたかった為、一泊目と異なり、今夜はシティホテルに泊まった。部屋も昨日と比べ半分以下の広さだが、寝るだけだし充分だ。
「よし! 景さん、荷物置いて夜ご飯食べに行きましょー!」
「あぁ。食べたいもの決まってるのか?」
「もちろん今夜も郷土料理です。スマホで調べてたんですけど、ライブやってるお店がいっぱいあるんですよ。せっかくだし行ってみませんか?」
笑いかけると、彼は快諾してくれた。早速賑わうメインストリートに出て、席が空いてるお店に入る。
店内は主に観光客で、皆お酒を飲みながらライブを楽しんでいた。
「沖縄の楽器って良いですよね。俺も今度やってみようかなぁ」
「お前、三味線も弾けるんだろ?」
「はい、ちょっとだけ」
泡盛ロックを飲みながら、演奏者の手元を見る。
「俺も主に民謡の為の演奏だったので、中棹の三味線でした」
「今は全くやらないのか」
「気まずくて実家に帰れませんからね。楽器もひとつも持ってないし……」
こちらでは珍しいが、都築の家系は代々和楽器奏者を生業としている。小さな教室も開いている為、子どもの頃から技術を磨く為に猛特訓していた。
しかし一つの楽器に留まらず複数の楽器をマスターしないといけなかったことが、都築にとってはかなりの試練とストレスだった。最終的に父からは素質がないと叩き出された。
本来はひとり息子として家業を継ぐべきだろうが、どう考えても現実的ではない。
楽器は好きだが人に教える技量はないから、無縁の職種でやっていく方が良いと思った。
「俺は、一度聴いてみたいけどな。お前の演奏」
「……!」
景さんの綺麗な瞳に、明るい光が反射した。思わずグラスを落としかけ、息を飲む。
「昔、草笛は得意だったし」
「ふざけてやったら何かできたんですっけ」
「そうそう。それに味をしめて夜中もやってた」
「その節は申し訳ありません……」
ウン百年越しに謝罪すると、彼は心底可笑しそうに肩を揺らした。
「忘れてたけど、ちょっとずつ思い出していくもんだな」
「ええ。……本当に」
ステージを照らすライトに目を眇め、音楽に合わせて手拍子する。新しい曲に変わった時、始めは皆バラバラだけど、段々リズムがとれていく。
人の暮らしも、社会もこんなもんかもしれない。いつだって最初は何も分からなくて、戸惑う。
景さんはステージに視線を向けながら、静かに瞼を伏せた。
「良いな」
陽気な音楽。明るい声。弾ける光。
人がいる。時代は移り、俺達は偉大な“今”に身を置いてる。
それはなんて素敵なことだろう。
テーブルに視線を落とし、密かに目元を擦った。
こんな当たり前の光景が、何気ない瞬間が、本当に幸せだ。
「都築? どうした、気持ち悪いのか?」
「違……逆です。感動しちゃって。演奏に」
実際唄も演奏も素晴らしかった。一通りの演奏終了後、店内の観客は拍手喝采した。
「本当に来て良かった。連れてきてくれてありがとうございます、景さん」
「こちらこそ。……来てくれてありがとう」
密かに、指先が触れる。ほんの小さな悪戯に笑い合い、俺達は手を合わせた。
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