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第47話

一度意識したらもう駄目だった。 どきどきして、片付けもままならない。 景さんが出てきた後は緊張もマックスになり、うるさいほど心臓が高鳴っていた。 「お待たせ」 「お、おかえりなさい。じゃあ俺も行ってきます!」 バスルームに入り、熱いシャワーを浴びる。 その間も、真剣に考えていた。 多分、色んな準備が必要なんだろう。でも知識も経験もないから、何から始めればいいのか分からない。 やっぱりあの、……売店にあったゴムを買っといた方が良かったかな。景さんなら持ってそうな気もするけど、相手任せはいけない。 まずい。緊張し過ぎて気持ち悪くなってきた。 「う~ん……!」 かつてない試練に頭を押さえる。思ったより響いてしまった為、景さんが声を掛けてきた。 「どうした?」 「あ、すみません! 何でもないです!」 慌ててシャワーを止めて振り返る。ドアは数センチだけ開いていたが、黒い棒線のまま、何も見えなかった。 「あれっ。そういえば景さん、お湯張らないで良かったんですか?」 「あぁ。シャワーだけで大丈夫だ」 そっか。昨日大浴場で入ったし、俺も充分かな。 タオルだけ手にとり、ドアを開けた。 「わっ!」 ドア越しに話してたんだから、前に景さんがいるに決まってる。なのに何も考えずにバスルームを出て、彼に激突してしまった。 危うく倒れそうだったけど、いつもの様に優しく抱きとめられる。 「あああ、すみません……! 痛くありませんでした!?」 「大丈夫だけど、出るならひと声掛けてくれ」 景さんは床に落ちたタオルを景さんは拾ってくれた。受け取ったはいいものの、またあの焦燥が復活する。 「風邪ひくぞ。早く服着ろ」 ベッドに置いていた部屋のガウンも手渡され、ひとまず頷く。 今までも散々銭湯で互いの裸は見てるけど……今日だけは感じ方が違う。 ガウンを手に持ったまま、彼の背中に声を掛けた。 「あの、景さん。思ったんですけど」 「何」 「恋人って、やっぱり……やることありますよね?」 非常に抽象的な物言いになってしまった。直球過ぎるのもどうかと思ったけど、これは悪手だったかもしれない。 景さんは振り返り、眼鏡を外した。ベッドに腰を下ろし、不思議そうに尋ねる。 「やること?」 「はい。あのぅ……夜にすることです」 俺もベッドに乗り上げる。ガウンだけは羽織ったが、下は履かないまま、彼の膝の上にいそいそと這い上がって正座した。 「……何だ?」 景さんは腕を組み、思いつかないという風に瞼を伏せる。 でも、絶対分かってると思う。ホテルに戻る途中も路上でイチャつく二人組をたくさん見たし。何なら部屋の案内の中に、そういう欲を満たすチャンネルのレンタル方法がいっぱい書いてあるし。 これまで泊まったホテルでも、アッと思ったことはあった。けど気まずくならないよう机の引き出しの中に入れて隠したりしてたのだ。 でも今回だけは、気付かないふりをするのは無理だ。意を決して、震える声を絞り出す。 「その。エッ、エッ、……エッチなこと。です」 言った。 どもりまくったけど、言ってしまった。初めて到達した地点に自作の旗を立てたような、謎の達成感に酔いしれる。 と同時に、凄まじい後悔の波に攫われた。これだと俺が欲求不満みたいだ。やりたくて仕方ない変態と思われたらど───しよ。 だらだらと嫌な汗を流していると、景さんは一拍おいて吹き出した。 「ははっ。それで、さっきからガチガチに固まってたのか」 「……っ!!」 どうやら、しっかり態度に出てしまっていたらしい。景さんはひとしきり笑った後、俺の手を引いてベッドに押し倒した。 「したいのか?」 「えっ」 視界が景さんで遮られる。顔には影がかかり、突如世界が反転したかのようだ。 柔らかいシーツの上にいるのに、まるでまな板の上の鯉だ。ガウンははだけ、ほぼ全裸で彼を見上げている。 景さんは切れ長の目を細め、目元に濃い影を落とした。 前髪を邪魔そうにかき上げ、俺の鎖骨から胸まで、指先でなぞっていく。 やがて赤い突起に触れて、ぴんと弾いた。 「あっ!」 くすぐったいような、何とも言えない感覚に身を捩る。 思わず吐息混じりの声をもらすと、彼は意地悪い笑みを浮かべた。 「固くなった」 「……景、さん」 彼の言うとおり、甘い刺激を与えられた突起は先程より固くなっていた。恥ずかしくて手で隠すも、今度は太腿に手を添えられる。 「こっちは?」 「ひぁっ!」 ぐっと脚を開かされる。信じられないと思った。自分から言い出しておいて、そんな部分を彼にまじまじと見られるなんて。 脚の間にある熱は、確かに硬度を持っていた。 「二日……いや、三日か? しなければ普通だな」 「いや、これは」 恥ずかしくて足を閉じようとしたけど、彼は自身の膝を割り込ませてきた。そのせいで、むしろ自分の熱を彼の膝に押し当てる形となる。 しかも彼が膝をぐりぐりと動かすものだから、刺激で悲鳴を上げた。 「景さん、やだ……っ」 「嫌? じゃあやめる」 そう言って、彼はあっさり膝を抜いてしまった。 突然放置されると、それはそれでいたたまれない。トイレに行って後始末するのも切なくて、彼の袖を掴んだ。 「景さん……」 「どうしてほしいのか言って? 都築」 景さんは、びっくりするほど優しく笑いかけた。 いつもこれぐらい優しい声が出せたらいいのに。なんて皮肉って、でもこれも彼の計算の内なのだと悟る。 俺はどう頑張っても彼には敵わない。だって、心も体も彼に陥落してるのだから。 「や……やめないで。……お願い……!」

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