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第48話

涙でぬれた瞳で懇願する。 景さんは口角を上げ、俺の唇を塞いだ。深い口付けをしながら、俺の熱を握り、激しく扱く。 いやらしい水音が上からも下からも聞こえ、羞恥心で頭がおかしくなりそうだった。 でも、気持ちいい。理性なんて消し飛んでしまうほどの快感に支配され、つま先を天井に向ける。 「イッて、都築」 耳元で、甘く囁かれる。 それが合図となって、ビクンと仰け反った。 離した彼の手のひらは俺の飛沫でぬれていた。 「……グロッキーみたいだから、ご想像のエッチは無理だな」 枕に顔をうずめながら、ティッシュを取る景さんを見上げる。 彼は自分の手を拭くと、俺のぬれた部分も拭いてくれた。 「まあ俺は満足だから、これでいいけど」 「……景さんは、何でそんなに余裕たっぷりなんですか」 あられもない格好のまま、恨めしげに見つめる。すると彼は意外そうに、俺の腰を引き寄せた。 「そう見える?」 「見えます」 「なら良かった」 彼は笑って、同じように隣に寝転がった。ティッシュをゴミ箱に投げ入れ、俺のガウンの紐を結ぶ。 「一気に貪るより、時間かけて食う方が感慨深いだろ」 「……何だかその言い方怖いです」 「そ。じゃ、好きな物は最後に残すタイプなんだ」 景さんは俺の頬にキスして、懐かしそうに目を細めた。 「昔、二人でしたこと憶えてるか」 「え? 何を?」 「自慰」 その短いワードを耳にした途端、顔から火が出そうだった。 「そんなことありました……?」 「やっぱり忘れてるか。夜、お前がこっそり布団の中でしてたのを見つけて、俺も便乗しただけだけど」 はあ。泣きたい。 その時は嫌でも恥ずかしくもなかったのかもしれないけど……今世では屈辱以外の何ものでもないだろう。他人に自身の自慰を見られるなんて。 「思春期真っ只中だったし、互いに意味もやり方も教わってなかった。どろどろに溶け合うのも仕方ないってな」 「ちょ……! 景さんは恥ずかしくないんですか? 俺は思い出せないけど、聞いてるだけで恥ずかしいです」 半泣きで訴えるも、彼は至極冷静に瞼を伏せた。 「全然。今も昔も可愛かったしな」 「……!!」 二の句が継げない。ぶるぶると震えて、枕で顔を隠した。 「隠すなって。もうある程度全部見てんだから」 「嫌ですっ! 見ないでください」 しばしの攻防の末、枕を引き剥がされてしまった。目の前には、意地悪だけどかっこいい恋人の顔。 見えない部分を全て見透かされてるみたいだ。都築は胸に手を当て、長い指が目の前に差し出されるのを見ていた。 「ん……う」 指は唇をなぞった後、中に入ってきた。ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音が鳴る。 舐めてるというよりは、赤ん坊が乳を吸うような状況だった。 「照れてるときも、無我夢中で求めてくるときも、全部可愛い。あの時できなかった分、めいっぱい甘やかしてやりたい」 景さんは指を引き抜くと、俺のうなじに甘噛みした。 「俺だけのお前だ。今夜はそう思わせてくれ」 彼に噛まれた部分が、焼けそうなほど熱い。 でも痛くはない。気持ちいい。気持ち良すぎて、苦しい。 幸せだ。自ら彼の背中に手を回し、縋り付く。 「離さないで……俺は、景さんにしか、捕まりたくない」 彼の胸に擦り寄り、小さな声で懇願する。 魂は自由になったが、還るところは昔と変わらない。細いのに逞しい、彼の腕の中だ。 俺はこれからもずっと、ここにいたい。 泣きそうな声で言うと、優しく頭を撫でられた。 「離さないよ。愛してる、都築」 唄うような声に心が震える。 その夜は夢を見た。澄んだ池の中央に、大輪の美しい花が浮かんでいる。俺はそれに手を伸ばし、届かない愛しさを胸に留めていた。 帰りたくない。と願っても、当然終わりはくる。 都築は飛行機から降り、ぐっと腕を伸ばした。 「は~。着いちゃいましたね」 三日目の夕方、都築と景は羽田空港内でキャリーケースを引いていた。無事に帰ってこられたことを喜ぶべきだが、旅の終わりを思うと切ない。 現実逃避したいあまり、家に帰るまでが遠足です、なんて使い古したフレーズが頭をよぎる。 こちらの気持ちを察したのか、景さんは笑った。 「……明日も休みなんだろう? 今日は俺の家に泊まるか?」 「えっ? いや、でも景さんも疲れてるし、大丈夫ですよ!」 「俺はお前みたいに出勤するわけじゃない。一晩寝れば回復するし、家には明日車で送ってやる。荷物もあるしな」 そう言うと、景さんは電車の駅へと向かって歩いた。 景さんは、ちょっと……この前梅野さんが言ってたアレだ。 スパダリ過ぎる。 歓喜のため息というよく分からないものを吐き、都築は早足で景の後を追った。 久しぶりに訪れた景の部屋は、以前と変わらず整頓されていた。 まだ二回目だというのに、自宅のような安心感を覚える。 「ほんと、すごく楽しかったです。向こうで撮った写真も後で送りますね」 荷物を整理しながら、彼のベッドに腰を下ろす。 景さんも、お土産を並べながら微笑んだ。 「ありがとう。……全国回ったら、また行くか」 「あはっ。そうしましょ!」 本当に、彼となら全国制覇もそう遠くない気がする。 記憶という宝物を秘め、彼と出逢えた奇跡を持ち歩く。俺達の旅は、恋人になってからも続いていくんだ。 ◇ 早いもので、季節は秋。 都築は自宅のパソコンの前で、メールを打っていた。 珈琲を飲みながら、片手間にプリントした神々のデータに目を通す。 今日はオフで晴れの為、主捜索の調査に集中できていた。 「流希さん達がくれたこの一覧、本当すごいな……」 沖縄で出会ったカップル、いや、オカルト研究家の流希と世喜。初めこそ戸惑ったものの、今は感謝しかない。 彼らがくれた資料は、マニアックで膨大なだけでなく、とにかく見やすい配列をされてるのが良かった。古い文献はどれも断片的な為、見慣れてない人間には纏めるだけで手間と時間がかかる。 沖縄から戻って二週間。生活も通常通り戻った為、流希に教わったサイトから御礼のメールを送ったところだ。 軽く腕を伸ばし、狭いベランダから外を覗く。 「来週は雨かな」 一週間程度であれば何となく予想できるのだが、一応調べてみる。すると思った通り、甲信越は雨のち曇りだった。 雨でここまで心躍らせるのは、下手したら自分だけなのではないか。そう思うほどには、普段から捜索の準備をしている。 雨が降ってほしくない人達が大勢いる。デート、旅行、大会、イベント……非日常的な理由から、日常的なものまでさまざまだ。 傘を差すことも大変な人達がいる。体が悪ければ雨の道を歩くことも不安だろう。気圧の変化で体調を崩す人もいるし、それこそ千差万別だ。 ただ喜ぶだけではいけない。雨は時として、大きな災害となる。 「……」 ふと昔のことを思い出しそうになり、都築は瞼を伏せた。 雨が好きだ。でも、怖い。 雨は大事なものも全て流してしまう。 紙一重の天候を想い、今日も静かに窓を開けた。

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