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第50話
『もう限界だ』
深夜、空腹で眠れず、寝床から出た。両親の話し声が聞こえたので、足は自然とそちらへ向かった。
何故か無意識に足音を殺しながら。一歩一歩慎重に、渇いた土を踏みしめる。
戸に手をかけようとしたとき、父の掠れた声が聞こえた。
『明日、明永を御滝へ連れていく。村の為には仕方ない』
父の言葉を聞いて、母は泣き出してしまった。
俺は少しずつ後ずさり、逃げるように外へ出た。
昼間はあれだけうるさいのに、今は怖いほど静まり返っている。
自分と言葉が通じる者は誰一人いなくなってしまったような、不安と心細さ。
けど村で過ごした最後の夜は、雲が晴れて、星がとても綺麗だった。
「ふあぁ……」
空は良い具合に曇っている。シートベルトを締め、都築はルームミラーを調整した。
「都築。昨日は眠れなかったのか」
「はい、何か夢を見て……あ、狭かったからじゃないですよ! 入眠は早かったんで!」
夜が明け、都築と景はキャンプ場を後にした。ここから大移動し、流希のデータにある有力そうな滝へ向かう予定だ。
景さんは心配そうに運転を交替すると言ってくれたけど、そこはエナジードリンクを飲んで断った。体調が悪いわけじゃないから、気を引き締めて捜索にあたる。
……ただ、昨夜からなにか思い出しかけている。しかし“どの辺り”の記憶なのか分からず、内心小首を傾げていた。
四、五時間ほどかけ、山奥の集落へ出た。稲穂が揺れる棚田は目を見張る美しさで、つい走るスピードを落としてしまった。
「ここ、本当に綺麗ですね。俺の地元の棚田も、水が張ったときは綺麗だったなぁ」
「あぁ。夕暮れ時とか、夜も良いな」
そういえば田植えもやったな、と景さんは珈琲を飲んだ。
「景さん、生き物平気なんですか? 都会っ子でしょ?」
田植えなら、ありとあらゆる生き物がいる。泥だらけになるし、苦手な人も多そうだ。
しかし彼は、窓を開けて頬杖をついた。
「平気に決まってるだろ。昔は何でも食ったんだから」
「は~……! …………食べました」
それ以上は話題を広げることなく、豊かな景観の中を進んだ。
ここで困ったのは、目的の滝はナビで入力してもヒットしなかったことだ。山奥のせいかネット上の地図にもない場所で、右往左往した。下手したら日が暮れると思い、再び集落に下りて、民家の前にいた男性に声を掛けた。
「あの、すみません。ちょっと道をお聞きしたいのですが……」
車から降りて、目的の滝が書かれた紙を見せる。男性は多分あそこのことだろう、と指をさして教えてくれた。
「本当に小さい滝だけどね。この辺じゃ昔から雨神様がいると言われてるんだ。ゴミを捨てたり、荒らしたりはしないでくれよ」
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