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第51話

最近は動画を撮って、面白おかしくネットに上げる輩もいるからね。男性は苦々しい表情でそう零した。 「本当に、遠目から見るだけで……失礼のないようにします。教えてくださってありがとうございます」 お辞儀をし、男性が教えてくれた畦道へ入る。次第に山の中へ続く、深い木々のトンネルが見えた。 「余所者は怖いだろうな」 助手席で沈黙していた景さんが、ふと低い声で零す。 「動画どころか盗聴する奴らもいるから、肩身が狭い」 「あはは、世喜さん達のことですか。でも彼らも、聖域を荒らしたりはしませんよ」 笑いながら、砂利道を徐行して進む。 「さっきの男の人の言う通りです。ゴミだらけの御堂や神社はこれまでもたくさんありました。寂れて、地元の人からも忘れられたような場所……だけど、観光で来てる人が荒らしたりするのは絶対に駄目だ」 近畿を回っていた時、ある祠は人が食べたものまで捨てられていた。割り箸や空き缶がそのまま放置され、まるでゴミ捨て場のようだった。 不良のたまり場なのか分からないけど、怒りや呆れを通り越して、悲しかった。ここにもまだ、神様が居るかもしれない。家の敷地を汚され、笑いながら帰られて、どんな気持ちになっただろう。 ……神様だって、泣くこともあるんじゃないだろうか。 忘れられただけでも寂しいのに、やっと来てくれた人達がそんな風に荒らしていったら……。 ゴミを片付けて、ひとり夢想したことを覚えている。 観光地でも何でも、訪れる際は敬意を払う。これは俺と景さんの暗黙のルールだった。 毎回お供え物ができるわけじゃないけど、来た時より綺麗にして、静かに立ち去ること。 「近い」 車から降り、景さんは瞼を伏せる。 彼の言うとおり、耳を澄ますと下で川のせせらぎが聞こえた。 「そうそう……思い出したんですけど、地域によっては祠が災害場所の目印になるそうです」 足元に気をつけながら、目の前に張った小枝を避ける。 「豪雨や土砂災害が起きやすい場所に建てることで、未然に被害を防ぐ。大事なことですよね」 「土砂……」 すると、景さんはわずかに目を細めた。 「景さん、どうしました?」 「……いや」 話してる間に、小さな滝が見えてきた。雨がないせいか水量は少なく、怖いぐらい静かだった。 「失礼します」 一礼し、距離をとって瞼を伏せる。神気を感じ取れないことについては、いつものことだ。もう何とも思わない。 ただ、景さんは苦しげに俯いていた。 「景さん? あの、大丈夫ですか?」 間違いなく様子がおかしい。ここは電波も悪いし、早く帰った方がいいかもしれない。 彼の手を引いて、車まで戻った。助手席に座った彼は、額に手を当てて俯いた。 「すまないな。……昨夜から、やけに昔の記憶が流れ込んでくる」 「え」 思いがけない告白に、水を渡そうとした手が止まった。 「もしかすると、場所が近いのかもしれない。ここは違うが、昔いた村と……」 「ええ! じゃあ、主様の滝も近くに……!」 もしそうだとしたら、とうとう主様の所在を突きとめたことになる。 ……でも変だ。景さんはあまり、嬉しそうには見えない。 体調が悪いだけじゃない。なにか、漠然とした不安に支配されている。 「景さん。一旦お水飲んで、休んでいてください」 ひとまず俺は問題なさそうだから、エンジンをかけて車を出した。彼のことを想うと、この場から少しでも離れた方が良い気がしたからだ。 山中を抜け、畑道まで戻ってくると、景さんの顔色はだいぶ良くなっていた。 「景さん、大丈夫ですか? またどこかで停めましょうか。お店とかあると良いんだけど……」 「いや、大丈夫だ。ありがとう」 彼は眼鏡を外し、深く息をついた。 「お前の地元、ここからそう離れてないんだよな?」 「え? そ、そうですね」 頷くと、彼はひと言、「そうか」と呟いた。 景さんがこれほど影響を受けてるのに、俺は何も感じない。 記憶に蓋をしてるからなのか……。やはり感知する力は景さんの方が強そうだけど、それにしても妙だ。 主様……。 「都築」 「はいっ!」 ダッシュボードに吐き気止めがあれば彼に渡そうと思ってガタガタ動かしていたのだが、制止されてしまった。諦めて手を離し、耳だけ傾ける。 すると、彼は苦しそうに前に傾いた。 「景さん? やっぱり一旦停め」 「感じないんだ」 え? 彼が言わんとしてることがすぐに理解できなくて、路肩に車を停めた。慌てて方に向き直ると、景さんは左耳のカフスに触れ、白い顔に前髪の影を落とした。 「俺達が昔いた村は、ここから近いのかもしれない。けど主の気だけ、何も感じられない。……いつも通り」 何故だか、鼓動か速まった。暴れるように脈を打ち、寝ぼけた思考を叩き起こそうとする。 俺は何となく、彼が言おうとしてることが分かってしまった。 「じゃあやっぱり、主様はもっと遠くへ移られたのかも」 「俺は、初めからこの世にいない可能性を何度も考えた」 怖いぐらい重たい、鉛のような声だった。 「景さん……」 いいや。 ……分かっていた。俺も分かってて……それでも考えたくなくて、決して口に出そうとはしなかった。 だからむしろ、彼にこんなことを言わせてしまったことに罪悪感を抱いている。 景さんは瞳に強い光を宿したまま、俺を捉えた。 「希望しか見ないようにしていると、大事なものも見落とす危険があるからな」 「はい……」 「まあ、それが最初の見解だ。今は違う」

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