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第52話
「え?」
どういう事かと顔を上げる。
すると彼はペットボトルを額にあて、シートに深くもたれた。
「旅してる中で思い至ったことがある。どれだけ捜しても主を見つけられない理由」
彼は真剣な表情を浮かべていたが、俺の顔を尻目に告げた後、気まずそうに笑った。
「……やっぱり言わない方がいいか」
「いやそこまで言ったら教えてください!」
何かを躊躇して、景さんは長考していた。
あくまで可能性の話だろうし、俺は何を言われても受け入れるつもりだ。ここまで来たら、どんなことも視野に入れて動かないといけない。例えそれが、目を背けたくなるぐらい辛いことでも。
語調を強めてもう一度お願いすると、彼は「落ち着いて聞けよ」と前に屈んだ。
「俺達にはもう、主の気を感知する力がないのかもしれない」
景さんの落ち着いた声が、暴れる鼓動を宥めた。
本当ならもっと困惑して、取り乱してもいいところだ。暗然としたさなかにいるのに……いやに腑に落ちてる自分がいる。
「そう……か」
主様の力が消えてしまったというより……俺達が主様に“気付く”力がなくなった、と考える方が妥当だ。
主様から頂いた真珠は手の中に持って生まれたけど……肉体が変わったら、何もかもがリセットされる。真珠と記憶だけでは、神様の存在に気付くことができないんだ。
かつては俺と景さんは認められていたから、主様と会話することができていた。でも今は違う。
どうしようもなく、ただの人間なんだ。
「……都築。大丈夫か?」
頬を撫でられる。
息することも忘れて振り向くと、不安げに顔を歪める景さんがいた。
……やっぱり言わなければ良かった。
なんて、優しい景さんは思いそうだ。
でも絶対、そんな風に思ってほしくない。
俺は昔より強くなった。それも全て、彼がいるから。
……彼がいたから、今もこうして、継ぎ接ぎの心を保てている。
「大丈夫です」
シートに手をついて、景さんの頬にキスをした。
「すごく大事なことです。話してくださってありがとうございます」
「……都築」
「主様を感知する力がなくなったとしても、俺の気持ちは変わりません。何がなんでも捜し続けますよ。……景さんは?」
視線を前に戻し、静かに問いかける。
それに呼応するように、降り出した雨が窓を激しく叩いた。
「……俺も変わらない」
フロントガラスに映る歪んだ景色を眺め、彼は呟く。
とても可笑しそうに肩を揺らし、不敵に笑ってみせた。
「ここまで来たら全国回ってやる」
「ですね。主様の存在に気付けなかったとしても、主様は俺達が会いに来たって気付いてくださるかもしれない」
指を鳴らし、ワイパーを動かした。
行く手を阻むような雨も、自分達にとっては鼓舞してくれてるとしか思えない。
今まで巡った場所に、主様がいたかもしれない。そして、まだまだかすりもしてないかもしれない。
どちらの可能性も考慮した上で、旅を続けることを決めた。
左手のブレスレットにそっと触れながら、気を引き締めてハンドルを握る。
「さてさて、今日のところはすごすごと帰りましょうか」
「すごすごと、って言うわりには元気いっぱいだな」
景さんは腕を伸ばし、苦笑する。
俺も笑って、帰りのルートを入れた。
結局、俺達がやることは一つも変わらないんだ。主様を捜す、ただそれだけ。
それに、既にどこかで主様にお会いしてるかもしれない。……そう思ったら寂しさ、たまらない喜びに打ち震えそうになる。
「時間押してるんで飛ばします。景さん、着いたら起こすので寝ててください!」
「安全運転で頼む」
走り出したら止まれない性分だから、天候なんて関係ない。大雨のドライブは、いつも俺達を駆り立ててくれる。
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